異世界を駆ける
姉御
07話*「遊びましょ」
子供の頃から走るのが好きだ。
中学に入ると陸上部で何度も賞を取り、高校もスポーツ推薦で入った。ある事件を境に遠ざかってしまったが、染み付いたロードワークは歳を重ねても異世界にきた今でも変わらず続けている。
それが実っているのかチートのせいなのか、久々にクラウチングスタートをすると、足が前へ前へと追い風にも乗ったスピードに笑みが零れる──が。
「階段があるなら言えーーーーーーっ!!!」
『赤の扉』を跳び出すと、長い白の降り階段だった。
助走を付けたのが仇となったが、段鼻を利用し何段か跳びを繰り返す。ちょっと腰にくるが、空中で紅色のマントとオレンジ色の炎を纏った男を捉えた。
勢いよく跳ぶと、数メートル離れた石畳に着地する。
周りが驚いた顔をするが、笑顔を向けると赤髪を追った。目の端にはレンガで造られた家々が立ち並び、多くの人が行き交っているのが映る。だが、今は赤髪だけを捉えていた。
“捕まえたい”ではない“捕まえる”だ! 捕まえてゆっくり案内してもらおうではないか!! 可愛い店に!!!
意識を彼だけに絞ると、人並みがゆっくり動いているように見え、間をすり抜ける。気付けば赤髪が真上にいた。
当人が気付いているかいないかよりも、空を飛んでるヤツをどうやって捕まえるかと考え込む。すると、大きな広場に出た。
大樹がアスレチックになっており、親子連れも多い広場。
子供達が集まっていることにウズウズしていると、女の子が空を指した。
「あ~アズさまだ~」
「カッケ~!」
「きょうはあそんでくれるかな?」
「アズさま~!」
子供達が上空の赤髪を呼ぶと、彼は手を振り返した。
ほー、案外慕われているのだな。私には無愛想な顔をしておきながら子供達には微笑んでいる。
そんな子供達と背後の大樹を見つめると、大樹の高さと浮いている赤髪が同じぐらいだと気付き、考え込む……チーン!
閃いた私は大樹に向かって駆け出すと、子供達に声を掛けた。
「もう一度、大声で“アズ様”を呼んでくれ!」
「う……うん」
驚く子供達を通り過ぎると丸太の階段を登り、大樹の枝へと飛び移る。
瞬間、彼を呼ぶ子供達の元気な大声が響いた。その声に赤髪が顔を下げ──たのと同時に思いっ切り枝を蹴って叫ぶ!
「一緒にーーっ!」
「っ!?」
「遊びましょーーーーっ!!!」
私の武器となったハリセンが、赤髪の背を叩く良い音が響いた。
目の前に現れたこと、縦ではなく横からの攻撃が予想外だったのか、反応に遅れた赤髪はモロ脇腹に食らって墜ちて行く──当然私も。
赤髪の驚いた顔は良かった。私も一瞬だが空を飛んだしな。そしてどうするかな! 当然私は『跳ぶ』ことは出来ても『飛ぶ』ことは出来ない!! だから魔法チートが良かったのに!!!
そんな事を考えながら下が芝生であるのを願いながら目を瞑る──と、落下が止まった。ん?
「まったく……キミは」
大きな溜め息と声に目をゆっくり開けると、端正な赤髪の顔が目の前にあった。見渡せば空中で横抱き……つまりはお姫様抱っこをされている。
「うわわっわ!」
「動くな、本気で落とすぞ」
恥ずかしさのあまり慌ててしまうが、ギロリと睨まれては大人しくするしかない。ゆっくりと地面に下ろされると、子供達が集まってきた。
「姉ちゃんすっげー!!」
「アズさま、こんにちは」
「ああ、こんにちは……すまないが今日は急ぐからまた今度な」
そう微笑む赤髪に子供達は元気に返事をした。ああ~! 可愛いな~!! 遊びたいな~!!!
だが、腕を掴まれバイバイすることになった。ああ~~~~っ!!!
広場を抜けると、石畳と並木道が続いている。
周りにはレンガ造りの家や店が並び、木々や花など植物が多い。彼の髪色が赤ではなかったらヨーロッパと間違えているところだ。そして行き交う人達は笑顔で赤髪に挨拶をし、どこからかは黄色い悲鳴が上がっている。イケメン騎士様だからな……しかし。
「おい! もう少しゆっくり歩いてくれないか!?」
「さっきも言った通り今日は急いでいるんだ。なのにキミが考えもなしに追ってくるどころか……」
叩かれた事を思い出しているのか、立ち止まった彼は眉間に皺を寄せたまま私を見る。そのまま額に手を当てると、苛立った声を上げた。
「第一、身体能力が上がっているからといって跳ぶなど、後先考えないにもほどがある。叩くより俺を捕まえた方が効率も良かっただろうに」
「と、途中までは“捕まえる”と走ってたんだが……」
「だが?」
睨まれると縮こまってしまうが、必死に口を開く。
「子供達が……貴様と遊びたがっていたから」
「……は?」
「だって……捕まえたら貴様驚くだろうが、下りてくれるとは限らんだろ?」
実際彼は『急いでいる』と言っていた。
つまり捕まえても私を抱いたまま騎舎とやらに上空から向かう可能性もあった。それなら“捕まえる”より“叩いて落とす”という荒業の方が、まだ下りて子供達と遊んでくれると思ったのだ。無駄であったが。
肩を落とす私に赤髪は何も言わず背を向ける。すると、手を握られた。
その温かさに顔を上げると、今度はゆっくり歩きながら小さな声でポツポツ話しはじめた。
「……普段この時間空いていれば、一緒に遊ぶ事があるが今日は本当に時間がないんだ」
「私の案件も入ってか?」
「それでも足りないぐらいにな。キミの案件も先に騎舎へと戻り、別の騎士に頼もうと思っていたんだが……」
チロリと見られ焦る。
いやいや、だって貴様『先に行く』って言ったじゃないか! あれは完全に追い駆けてこいだろ!? 迎えを寄越すなら早く言え!!!
怒っていいのかわからずにいると赤髪は前を向き直す。
「『浮炎歩』でも追いつかれる可能性は考えたが、途中で子供達を見れば止まるだろうと思っていた。キミは『年下』に弱いようだから」
つつつつまり広場は子供罠(トラップ)!?
そう言えば途中『花屋のハナコ』の文字があったような……危うくハマるとこだったが、そこで足止めをくらっている内に別の騎士を寄越す気だったのかと思うと、素直じゃないと言うかなんと言うか。
だが、急ぎの用があるならもっと速い魔法を使えただろう。なのに遅い魔法を使ったという事は、それなりに私の事を考えてくれた……と言うことだろうか。
なんだか申し訳なさと同時に頬が熱くなり、握る手も強くなる。反応するように振り向いた彼に、顔を逸らしたまま呟いた。
「す、すまんな……貴様しか見てなかった」
「…………光栄だ」
淡々とした声はどこか優しい。
けれどそれ以降は互いに無言で、どれだけ歩いたかはわからない。気付けば街も人並みも消え、見えてきたのは大きな岩壁。否──『天命の壁』。
目の前で見る壁はサンシャインを通り超してスカイツリー並みで目を瞠る。
赤い二重門は五階建てほどで、岩壁に門自体が埋まっていた。両扉には赤髪のマントと同じ翼のある竜と剣のマークが大きく描かれている。それと同じ旗が『天命の壁』の頂上でも揺れているのが影ながら見えた。
手を離した赤髪が門番らしき騎士と話をすると、ゆっくりと両扉が開きはじめる。
「『天命の壁』の層は厚く出来ているせいか内部が広く、迎撃を兼ねて騎士団の騎舎になっているんだ」
「つまり壁全体が要塞でもあり貴様達の“家”ということか」
「そうとも言うな」
壁の中で暮らすってイメージが湧かないが、岩壁を綺麗に再利用しましたって感じか。少しずつ開く門にドキドキしていると赤髪が隣に並ぶ。
「門まで案内すれば良いと思っていたが、仕事で来るのなら俺の部屋にも案内しておこう」
「忙しい中すまんな。急ぎの用もあったのに……叩いてしまった事も……すまん」
「……気にするな」
ばつが悪く謝罪すると素っ気無い返答がきたが、微笑んでいるようにも見える。けれど門が開く風と光で目を瞑ってしまい、確認は出来なかった。
次に目を開けた目の前には手を差し出し、真っ直ぐな目で私を捉える赤髪。
「ようこそ────ルベライト騎士団へ」