

異世界を駆ける
姉御
05話*「私の武器」
脳内リピートしながら考える。
こいつは宰相のハズだよな? 情報部隊って言ったよな? そして私はこいつの下で働くんだよな? なのに……配達?
「この国には配送業者がいないのか?」
「いや~いるよ~~」
変わらない声に放置されている箱からB1ほどの硬い紙を失敬し、ジャバラ折りにすると布テープを失敬し、下を補強する。簡易ハリセンの出来上がり。
では試しに、のほほん男の背中に向かって思いっ切り──
「なら必要ないだろーーーーっっ!!!」
「うっわ!!!」
叩いてやった。うむ、急遽作った物にしては良いな。
手作りハリセンに自画自賛していると、のほほん男は背中を擦り、半泣きで私を見つめる。が、私の口は“へ”の字。
「ヒーちゃん~酷いよ~カーくんと~違って~厳しくない~~?」
「当然だ。私は年上には厳しく年下には甘々だからな」
「え~そう言えば~ヒーちゃんって~何歳~~?」
「二十八だ」
ハリセンで手の平を叩きながら答えると、のほほん男は二十前半だと思っていたらしい。うむ、ありがとう。でも萌えん。私の表情が変わらなかったせいか、のほほん男は肩を竦めた。
「ヒーちゃんには~緊急用の書類や~伝令を~『四聖宝』に~伝えて~もらいたいんだ~~」
「緊急用? そんな大役なんぞ異世界人の私がやるわけには……」
第一、魔法というものが存在しているのならそれを使った方が早いだろ。実際王はそれで私の事をこいつに教えたのだから。
するとのほほん男は首から下げている透明な石を握り、ハリセンを持ったままの私を連れて部屋から出ると、エレベーターへ乗り込んだ。操作ボタンはB2・B1・1・10・20・30しかなく、その下には二十センチほどの丸い透明石が埋め込まれている。
「ヒーちゃん~この石~触って~~」
言われるがまま触ったが何も起こらない。
撫でたり突いたり押したりしたが動かず、ハリセンでも叩くがウントモスントモ動かない。リディカは動かせていたぞと悩んでいると、のほほん男がくすくす笑いながら石に手を乗せる。動いた。
思いっ切りハリセンで彼の背中を叩く。
「嫌がらせかーーーー!!!」
「痛い痛い~ヒーちゃんの魔力確認だよ~そして~ヒーちゃんが~『魔力なし』って証拠~~」
「は?」
エレベーターが降下している間、のほほん男の説明を聞く。
どうやらこの世界の人間は必ず魔力を持って生まれるらしい。そしてこの透明石=『水晶(クォーツ)』は魔力に反応し、日常生活で必要な火や水などの役割を担うという。
聞くだけだと水晶も魔法も変わらないと思うが、魔法は騎士学校や訓練などで身に付け、自身の魔力を使って発生させるもの。逆に『水晶』は魔力を当てるだけで発生するもの。大きな違いは前者は魔物が倒せるほど強いが、後者は人様に擦り傷を与えることぐらいしか力はない似て非なるものらしい。
つまり『水晶』に触っても何も起こらない私は魔力がない! 当然だろ!! あったら怖いわ!!!
ん? 日常生活で必要?
そこまで考え私は昨日さっさと寝てしまい、今朝は大浴場に入り、エレベーターはリディカに動かしてもらっていたのを思い出す。
「ちょっと待て……つまり魔力のない私は……」
「ピンポ~ン~ヒーちゃんは~ひとりで~お風呂沸かす~どころか~蝋燭に~火を~点けることも~出来ませ「早く言えーーーーっ!!!」
最大パワーで背中をハリセンで叩くと、のほほん男は顔面からドアにぶつかった。
結構効くな。よっし、ハリセンを私の武器にしよう。そして眼鏡割れてないか?
それなりに心配したが、当人は『年上を敬おうよ~~』なんぞ元気にほざきながら眼鏡のズレを直している。『そっちが悪い』と頭を軽めに叩いてやった。身長はこいつが少し高いぐらいだから届いたぞ。
「食事と風呂はなんとか貰えるとして、灯りはどうすればいい?」
「リディカちゃんとかに~してもらうことかな~あと~お風呂も~週ニ掃除で~使えないよ~~」
マジか! 日本人的に風呂は毎日入りたいのに!? ニ日も使えんだと!!?
移動はまだしも暗いところが苦手な私には辛い。やはりメイドさんかリディカを部屋に付けた方が……と言うか完全に私は役に立たないじゃないか。
そんな疑問を察してか、のほほん男が微笑むとエレベーターが一階に着く。
「『魔力がない』~だからこそ~出来る仕事なんだよ~~」
扉が開かれ降りた場所は広いだけで何もない。
人っ子ひとりいない。ただ中央にエレベーターと裏に螺旋階段があるだけで窓もない白の空間。“何か”あるとすれば四方に渡り廊下を挟んで赤・緑・青・茶色の両開き戸が薄っすら見えるだけ。
昨日逃げている時も思ったが、どうやらこの建物は円柱で出来ているようだ。
「『四宝の扉』~あの扉を潜ると~アーちゃん達~『四聖宝』が治める街に~出るよ~ただし『通行宝』がいるけどね~」
「……つうこうほう?」
通行証のことか? 同じ国なのにそんなのがいるのか?
と言うか人っ子ひとりもいないのでは、どこへでも行きたい放題だと思うのだが。
眉を顰めていると、のほほん男に手招きされ赤の扉に近付く。
彼は両手で扉を強く押す……が、開かない。私が押す……開いた。閉じてのほほん男が押す、開かない。私が押す、開いた。閉める。
「……なんだこれ?」
「この扉は~特殊な結界で~出来ててね~各役所で~入りたい扉の~『通行宝』がないと~普通は入れないんだ~~」
「宰相の貴様でも入れんのか?」
「うん~~」
つくづくわからん国だな。しかも『通行宝』を申請しても三日後にしか出来ないという。仕事が遅い。
腕を組んだまま扉に背を預けると、のほほん男は続けた。
「この扉は~『魔力あり』に~反応するから~『魔力なし』の~ヒーちゃんだけが~自由に行き来~出来るんだよ~」
苦笑いするしかない。
身体能力が上がったりと色々チートがあるようだがいらんな! そんなのより魔法を使いたかった!! 風呂と灯りは大事だぞ!!!
しょんぼりとしていると、のほほん男は薄く開いた目で見つめる。キツネ目だな。
「とまあ~他の扉も開くか~検証は後でするとして~可能だったら~緊急書類とか~ある時に~よろしくね~~」
そう言いながら自身が持っているのと同じ透明の石を差し出す。
それは翼のある竜と蝶が彫られた直径五センチほどのブローチ。受け取った私は眉を顰めた。
「アクロアイト石か……」
「ヒーちゃんって~宝石に~詳しいよね~~……で、イヤそうな顔する」
語尾が伸びなかったのが気になったが、実際私は血の気が引いたように顔を青褪め、手が震えている。だが、心配しているようにも見えるのほほん男に、苦笑いしながら呟いた。
「昔……宝石強盗に出くわしてな」
「うわっ! 重い話だ~僕パス~~」
「おいっ!」
ハリセンで叩こうとするが、握る手を掴まれ、抱きしめられた。
見た目はひょろそうなのにシッカリと筋肉は付いているようで、胸板は硬くて暖かい。そのまま髪を優しく撫でられる。
「この国ね~残念だけど~宝石が名産でね~~」
「そうか……」
「でも~配達お願い~とか言ってるけど~実際は書類と~伝令だけだから~~」
「……ああ」
「それにね~」
撫でる手が止まると、ゆっくり離れ、視線が合わさる。
間近で見る端正な顔立ちと金色の瞳に、なぜか動悸が速くなる気がした。
「僕の部隊石~アクロアイトには~トラウマとかを~捨てる意味も~あるから~楽しい生活~出来ると思うよ~~」
そう笑顔で言った彼は左の耳朶を“はむり”と食(は)んだ。
「ふゃあああぁぁーーーーっ!!!」
突然の事に足が下がると同時に、外側から扉が開かれる。
倒れていく身体に慌てるが、大きな両腕に抱き止められた。のほほん男とは違う胸板。顔を上げた先には……。
「キミは何をしているんだ?」
不機嫌な顔をした赤い髪と瞳の男と目が合う────。