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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​04話*「夢現」

 夕日に染まる男は綺麗だった。

 

 瞳は赤髪よりも深い赤、髪はこの世界ではじめて見る漆黒。

 黒のハイネックタンクトップに十字架のネックレス。腰ベルトにはポーチがくっついていて、白のニッカポッカに黒ブーツ……綺麗だが怪しいのに変わりはない。外壁工事の作業員には見えず、急いで涙を拭うと声を荒げた。

 

「き、貴様何者だ! ここは今日から私の部屋だぞ!!」

「マジで?」

 

 黒男は瞬きするとベッドを跨ぐように跳び、私の前に着地する。身長は少し高いぐらいで……年下か、うむ。

 黒男も私と同様観察するような目で見るが“むぎゅっ”と胸を鷲掴みにした。

 

「や~ん、すっげーデカいなり~」

「あんっ……!」

 

 胸元が開いたドレスだったせいか、生で揉まれ、先端を引っ張られる。身体がゾクゾクしだすが、回し蹴りを放った。が、後ろに逃げられた。ちっ!

 急いで胸元を両腕で隠すと睨む。

 

「このエロガキ! 赤髪達め、魔物以外にも敵がいるじゃないか!!」

「赤髪?」

 

 第一、私の部屋は二十階にあるんだぞ! それを簡単に登って(?)くるとは城内手薄すぎるだろ!! 明日抗議してやる!!!

 珍しく年下相手に怒りが沸くことから百発百中のレーダーが外れたかと悩むが、指を鳴らされ我に返る。

 

「ああ、異世界の女ってお前か」

「私を……知っているのか?」

 

 ちょっと待て。私のことを知っているのは先ほどまで一緒だったのほほん男と四騎士。メイドさんは知らないはずだし、他の部署へは明日報せると言っていた。それ以外だと墜ちてくるのを感知した……。

 

「貴様……“王”か?」

「…………………………頭、大丈夫か?」

 

 真剣に聞いたつもりなのに、同じ顔で聞き返され転こけた。

 おいおいマジか! この国の王は認知さえされてないのか!? そっちが大丈夫か!!?

 頭痛がしていると、黒男はベッドに座って足を組む。偉そうだ。

 

「俺の名前はイヴァレリズ・ウィッドビージェレット……長いからイズでいい。宰相んとこで仕事してる情報屋なりよ」

「情報屋なのに自国の王を知らないのか?」

 

 その看板下ろした方がいいぞと呆れた眼差しを向けると、黒男=イズは『知ってるよ』と目を合わせる。

 

「この国の王は夢現(ゆめうつつ)のような存在だからだ」

「は?」

「そこにいるようでいない……掴もうとしても掴めない……いるかもしれないし、いないかもしれない。でもいる。そんな王だと国中がガキの頃から知ってるよ」

 

 わけのわからない回答に思考がおかしくなりそうだが、騎士達も『見てませんね』『どんな人だっけ』と言っていたのを思い出す。なんだこの国は。王が都市伝説並みになってるぞ……本当に王は……。

 

「生きて……いるよな?」

「生きてる。それは確かだが、実際目にした事があるのは極僅かだろ。王は必要な時しか命も出さず、すべて宰相や『四聖宝』任せって話しなり」

 

 ニヤリと笑うイズに頭痛が増し、隣に座る。と、肩を押され、ゆっくりとベッドに押し倒された。

 

 長い鎖で繋がれた十字架が胸元に埋まり冷たさが肌を伝うと、サラリと彼の黒髪が頬にかかる。それほど距離が近い。自分からではない、男をこんなに近付けさせたのは久し振りで、胸の動悸が速くなりながら見上げる。イズの表情は優しい。

 

「“異世界”からきてもお前は“王”と違って夢現でもなく現実(ここ)にいる。寂しさで泣くぐらいなら周りに“お前”という現実を植えつけて味方にしろ」

「誰が泣い……ひゃっ!」

 

 叩こうとしたが腕を掴まれ下瞼を舐められた。

 実際涙を流していたせいか、舐められるとヒリヒリする。だが構うことなくイズは両目の下瞼を舐め、終えるとポーチから包みを取り出した。その隙に蹴りを入れようとしたが、股を膝で割られ、口に何かを入れられる。それはとても甘い。

 

「チョコ……?」

 

 ミルクチョコみたいな味が口内を甘く満たし、イズはまたポーチから包み=チョコを取り出しパクリ。こいつのポーチってチョコ専用なのかと考えていると、徐々に睡魔が襲う……なんだ、こいつ何か盛ったのか?

 気持ち良いベッドの上で意識が遠のく間際、イズの声が聞こえた。

 

 

「しょっぱい涙で寝るより甘いもんがいいだろ……これはお前と──」

 

 

 最後、なんて言ったのかは聞こえず、深い眠りに──落ちた。

 

 

* * *

 

 

 目が覚めるとベッドの中に入り、窓は閉められていた。

 イズの姿はない。

 

 カーテンの隙間から射し込む朝日と掛け時計で五時と知るが、頭がスッキリしていた私は起き上がる。だが、汗ばんだ身体が気持ち悪い。風呂をもらおうと部屋から出ると、金髪をお団子にしたメイドさんをナン……呼び止めた。

 

 どうやら私の部屋にも風呂はあるようだが各フロアに大浴場があるらしく、湯を溜めるよりも楽だとそちらに向かった。早い時間帯で誰もいなかったのが残念だ。

 

 上がると金髪のメイドさんから青のシフォンワンピースとヒールを受け取る。

 聞くと彼女はこのフロア担当のメイドらしく、リディカと名乗り、朝食も持ってきてくれた。我慢出来ずハグハグしてやったぞ!

 

 そして朝食はパンにハムエッグ、サラダにスープと日本と変わらなかった。

 一口食べると今まで食べてきたどの食事よりも……美味しい。違う世界のはずなのに、何も変わらない食事と味が嬉しくて涙を零しながら食べた──生きると、足掻(あが)くように。

 

 食べ終えるとバックから化粧を取り出し戦闘準備。

 この世界で生き抜くためにも、外で涙を流すことだけはしない。そう心に誓い、部屋を後にした。

 

 

* * *

 

 

「え~イーちゃんに~会ったの~~」

 

 リディカの案内でのほほん男の執務場所である『宰相室』に通されると“仕事服”を渡され、屏風(ひょうふ)の後ろで着替えさせられる。せっかく貰ったドレスだったのに! 自室用にしてやる!!

 

 宰相室は大きな窓がいくつもあり、日当たり良好。

 だが客人用のソファと机、窓近くに長机と椅子があるだけ。そこにのほほん男が座り、判子を押している。が、机の上も床も殆どが書類で埋まっていた。

 足の踏み場がギリギリあるかないかという汚さで掃除したい衝動に駆られるが、それよりもイズの話だと耳を傾ける。

 

「イーちゃんね~優秀なのは優秀なんだけど~不真面目で~いつも~期限ギリギリなんだよ~~」

「ヤツは何歳だ?」

「ん~とね~確か今~二十だったかな~~?」

 

 おいおい、少年のひとつ上でハチマキ男より下とか年齢詐称してないか?

 ついでに王の年齢も聞くと『三十手前~だったかな~?』と返答。それすらわからん王なのか……本気で都市伝説化しそうだ。

 溜め息をつきながら着替え終えると屏風から出る。

 

「お~動きやすさ~重視だけど~大丈夫かな~~?」

「うむ、問題ない」

 

 黒のハイネックタンクトップに白のカマーベストを羽織り、ベルトにはポーチ付き。イズと似ているが、下はショートデニムパンツに黒のタイツとロングブーツ。身体を動かす分にはいいな。

 立ち上がったのほほん男は器用に書類の合間を通り抜けてくる。

 

「そういう~服が~僕の~指揮する~情報部隊のだよ~~」

「……つまり私は貴様の下で働くことになるのか」

「よろしくね~~」

 

 ああ、出来れば少年……せめてハチマキ男と一緒が良かったのに、まさかの年上でよくわからんこいつの下とは。しかし、文句を言っても仕方ない。一呼吸すると上司を見つめる。

 

 

「で、私はなんの仕事をすればいい?」

「配達~~」

 

 

 ────は?

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