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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​03話*「自己紹介」

​※***=時間経過

 段々頭がついてこなくなってきた。

 ただでさえ自分が異世界なんぞにいることが信じられないのに男達は騎士ときたか。採用基準に絶対『イケメン』ってあるだろ。そこでふと訊ねた。

 

「美人可愛い女性騎士もいるのか?」

「何を言っているんだキミは」

 

 また抜刀されそうになったが、のほほん男がいることを教えてくれた。

 それだけで脳内花畑になった私は少年を抱きしめる。ハチマキ男が何か言いたそうにしているが、耳にタコの予想が出来るためスルー。

 そんな私に赤髪は額を押さえ、のほほん男はくすくす笑う。

 

「その四方の~二重門を護る~トップが~この四人で~『四聖宝』って~呼ばれてるんだ~~」

「何、少年もか?」

 

 抱いている少年を見るとコクリと頷く。

 驚いていると、のほほん男が男達に紹介を促した。当然赤髪は嫌そうな顔をするが、一息つくと礼を取る。

 

「アーポアク国『四聖宝』東方ルベライト騎士団団長アズフィロラ・セレンティヤ。歳は二十八」

「同じく北方ベルデライト騎士団団長を務めています、ラガーベルッカ・ヴェレンバスハ。歳は三十になります」

「西方……ラズライト騎士団団長……カレスティージ・ストラウス……十九です」

「ちぇっ、南方ドラバイト騎士団団長エジェアウィン・コルッテオ。二十四」

 

 カッコイイ称号持ってるじゃないか。しかも四つも騎士団があるのか。

 しかし、ルベライト、ベルデライト、ラズライト、ドラバイト。宝石名にぶるりと身体が震えるが、少年が心配そうに顔を覗き込んできたため笑みを返した。頭を撫でると男達を見回す。

 

「よろしくな。赤髪、銀髪、少年、ハチマキ男!」

「紹介の意味、全っ然ねーじゃねーか!」

 

 いや、だって長い。一気に言われても覚えられるわけなかろう、うむ。

 つい苦笑いしてしまったが、そんな場合でもないと、のほほん男に訊ねた。

 

「それで……私の前にきたという“異世界人”はどうなったんだ?」

 

 以前きた人がいて記録が残っているのなら“私”がどうすべきか手掛かりになるはず。しかし、肩を竦めるのほほん男にイヤな……予感しかしない。

 

「過去~五人が~きてね~全員~この国で~~……死んだよ」

 

 告げられた結末に、今度こそ目の前が真っ暗になる。

 だが、意識を手放すことはなかった。膝に少年がいるおかげかはわからないが、彼の肩を借りるように顔を埋めると、大きく息を吐く。

 

 “この国で”ということは元の世界には戻れなかったのだろう。

 いや、のほほん男がはじめて見たと言うのなら四十年以上。もしくはそれ以上現れていないはずだ。その間に何か方法が出来た可能性もある……大丈夫……大丈夫だ……私はまだ……。

 

 必死に言い聞かせながら顔を上げると、少年も他の連中も重苦しそうに私を見つめていた。なんだ、良いヤツらじゃないか。

 苦笑いする私に四人は目を見開くが、気にせずのほほん男に目を移す。

 

「じゃあ、私もこの国に住むことが出来るのか?」

「うん~出来るよ~ヒーちゃんの~身体能力的に~仕事も~用意出来ると~思うしね~~」

「おいおい、そんな勝手に決めていいのかよ! 王の許可がいるんじゃねーのか!?」

 

 仕事はありがたいなーと思っていたが大事なことを思い出す。そうだよな、王が治めているなら挨拶しないと無礼だよな。だが、のほほん男は楽しそうに笑う。

 

「大丈夫~ヒーちゃんが~墜ちてくるの~僕に~教えたの~陛下だから~~」

「はあ!?」

 

 まさかの発言に素っ頓狂な声を上げる。

 墜ちてくるのを教えたってことは王はわかっていたということかと、慌てながらも訊ねた。

 

「お、王に会えないのか!? もしかしたら元の世界に戻る方法を……!」

「ムリだよ~あの人も~『何か墜ちてくる』としか~教えてくれなかったし~~」

「じゃ、じゃあ、せめて会うだけでも……」

「ムリだね~風の魔法できたし~僕も~一年ぐらい~会ってないよ~~」

「どんな王だ!!!」

 

 ツッコミを入れた瞬間、騎士の前で暴言を吐いてしまった事に気付く。

 しかし、誰一人咎めることはしなかった。むしろ『そう言えば見ませんね』とか『気紛れだからな』とか、終いには『どんな人だっけ』って……おいおい! 騎士だろ貴様ら!! 忠誠誓ってるんじゃないのか!!?

 そんな心配を他所に、のほほん男は話を続ける。

 

「ともかく~陛下は~ご存知だから~僕の方で~なんとか出来るよ~ひとまず今日は~解散しようか~~」

「そ、そうだな……私も疲れた……」

 

 色々な事が起こりすぎて疲れた。一度頭の整理を……そこで思い出す。

 

「私の着ていた服やバックはどうなった?」

「ああ~服は~洗濯してるよ~玉座に~置きっ放しだった~荷物なら~ちょっと待ってね~~」

 

 そう言ってのほほん男が何かを呟くと、ノック音と共にメイドさんが現れた。一、ニ言話すと出て行ったが、しばらくすると私のバックとコートを持ってきてくれた。抱きしめたい衝動を抑えながら受け取る。

 バックに付いているヌイグルミを興味深そうに見ている少年に頬を緩ませながら中身を確認した。

 

 財布、携帯、家の鍵、メモ帳、化粧道具、ポーチ……問題ないな。

 確認を終えると、バックのポケットからピンクのパスケースを取り出す。それは幼い私と両親が写った……。

 

「肖像絵……?」

「写真だ……でもいいんだ。もう亡くなってるからな」

「……え?」

 

 悲しそうな表情を向ける少年の頭を撫でると、脱ぎっ放しだったヒールを赤髪が持ってきてくれた。案外優しいじゃないかと思ったが、変わらず目が冷たい。

 

「女性が簡単に靴を脱ぐなど、はしたなすぎる。いいか? この国に住むのならば奇怪な行動は慎め」

「……ご忠告ついでに私からもひとつ言っておこう」

 

 少年を下ろした私はヒールを履くと男達を見る。四人の視線が集まる中、笑顔で言ってやった。

 

「騎士であろう者が女相手に逃げられるなど恥だ。同じ失態を繰り返したくなければ片手で剣を握るのはやめておけ」

「なっ!?」

「んだとっ!!!」

 

 実際、誰一人両手で剣を握ってはいなかった。加えてボタンが弾けたから逃げられたものだ。今思えば逃走の意味はなかったかもしれないが、逃げられたのは事実だしな。うむ。

 そんな忠告に赤髪は絶句、ハチマキ男は怒り、銀髪はくすくす笑い、少年は沈黙。

 

 面白い男達に、私はこの世界でも生きていけるかもしれないと感じた。

 

 

* * *

 

 

 気付けば夕日が見える。空の色というのはこの世界でも変わらないようだ。

 のほほん男に城の一室を貰い受けることが出来た私は自室となる部屋の前で立ち止まっていた。

 

 騎士達は自分の護る場所が寝床らしく、城に住んでいる人間も少ないらしい。そのためメイドも希望がなければ付けないと言われたので断った。本当は戯れたかったが状況が状況なだけにな。

 ただ、この世界には電気がないらしく、灯りは蝋燭。暗いのが苦手な私には心細いがドアを開いた。

 

 夕日だけではハッキリわからないが、白を基調とした壁や机に家具があり、大きな両開き窓に白のカーテン。傍にはキングサイズのベッドが置いてある。

 物寂しく感じるので機会あれば買い物でも……日本のお金は使えないよなとバックを覗くと、携帯を取り出した。

 

 電源は付くが、やはり圏外。

 だが手動充電機は持っているし、写メでも撮って異世界を楽しもう。そう考えながらカメラのフォルダを押すと、会社の同僚や友達と写ったものなど、様々な写真に自然と笑みが零れた。

 

 だが、愛ちゃんと洋一と写った画像に手が止まる。

 二人、心配してるだろうな。目の前で墜ちてしまったからトラウマになってないだろうか。たった数時間前のことなのに、ずいぶん昔のように思えてしまう。

 そんな記憶が朧げになるように、携帯の画面も見えなくなってきた。ポタポタと零れる涙で。

 

 

「……っう、ぅっ……うあぁっ……」

 

 

 突然ひとりになったせいか、我慢していたものが胸の内から溢れ出して止まらなくなる。

 だって、似た空があっても、似た街並みがあっても、ここは私の世界じゃない。脳が身体が“ここは違う”と悲鳴を上げている。胸が痛い、喉が痛い、なんで私がこんなところに……自分や彼らを責めても仕方ないのはわかる。でも、このもどかしい気持ちはどうすれば……どうすれば……いいんだ。

 

 扉の前にしゃがみ込んだまま小さな声を上げ続ける。

 だが、頬を撫でる風と目の端で揺れる白のカーテンにふと気付いた。窓……開いていたか?

 覚えのない風に無意識に顔を上げるが、目に映る光景に息を呑んだ。いつの間にか開いていた片方の窓。だけではない。寄り掛かるように座っている人。

 

 

「何……お前泣いてんの?」

 

 

 小さく後ろで結ばれた漆黒の髪を靡かせながら、赤の瞳を細めた男が微笑んでいた────。

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