異世界を駆ける
姉御
02話*「ご職業」
すぐにでも話を聞きたかったのだが、可愛いメイドさん達に拉致られてしまった。
良い匂いのする花が浮かんだジャグジーバスに入れられ、肌に香油を付けたマッサージまでしてもらったぞ! しかも清楚美人な女子に!! やったな!!!
「じゃ、ねーよ!!!」
ツルンツルンお肌になり、白のベルベット生地で胸元が開いたホルターネックドレスにヒールを履いた私。
白を基調とした二十畳ほどの室内には楕円机と椅子、花瓶が置かれた応接室のような小会議室のような場所に通されると、先ほどの男達が待っていた。一時間以上は掛かったのに、ご苦労な事だ。
苛立った様子で胡坐をかいて座るハチマキ男に手を挙げる。
「すまんな。快適に女子とウハウハしていた」
「今、すんげー変態発言しなかったか?」
「うむ、そうか。今度は貴様も一緒に入ろう!」
「なんでだよ!」
勢いよく両手で机を叩く男は本当に気が短いようだ。でも可愛い。
そんなことを思いながら近くの椅子に座ると、立ったまま窓の外を見ていたのほほん男が振り向いた。
「それじゃ~話を~しようか~その前に名前~教えてくれる~~?」
のんびり口調に脱力してしまうが、一息吐く。
「魚住陽菜多。外国的に言うと、ヒナタ・ウオズミか?」
「ヒナタちゃんね~じゃ~ヒーちゃんだ~~」
おいおい、勝手に決めるな。しかも可愛い女子や年下に呼ばれるならまだしも年上に呼ばれるとは泣きそうだ。
ショックで両手で顔を覆う私の気持ちなんぞ関係なく、のほほん男は続ける。
「僕は~この国で~宰相している~ヒューゲバロン・クロッバズ~三十五歳~独身で~~す」
年齢まで言わねばならなかったのか。いや、年上とはわかっていたから良いが、三十五にしては若いな。じゃなくて! こんなヤツが宰相って大丈夫か!?
不安に思いながら、いつの間にか背後に立っていた赤髪に視線を向ける。
「……性格はともかく、器量は確かな方だ」
変わらず冷たい目だが、答えてくれたことに頭を下げる。“性格は”というのはスルーしておこう。
そんな、のほほん男(名前覚えられない)は変わらない口調で続けた。
「この国は~アーポアク~レメンバルン大陸に~あって~王が~治めてるよ~さて~ここまでで~質問は~~?」
「うむ、まったく知らん名前だな!」
元気に手を挙げて発言すると、ハチマキ男に呆れた眼差しを向けられる。
男だらけの場所では同等に扱ってもらう為、派手に自己主張するのが私のやり方だ。しかし知らない大陸や国名に嫌な憶測をしていると、すぐ確信を突く言葉が出てきた。
「そりゃ~ヒーちゃんが~異世界から~きたからだね~~」
「異世界、ですか?」
息を呑む私に、壁に寄りかかって本を読んでいた銀髪が顔を上げる。
他の連中も妙な顔をしているが、私は両腕を擦りながら薄く開いた金の瞳を睨んだ。
「なぜ……そう言い切れる」
「まあ~着ていた服や~持ち物からして~違うしね~あとは~身体能力~かな~~」
「身体能力……?」
「うん~みんなに~聞いたけど~逃げ足が~速かったって~~?」
“逃げ足”にムッとしたが、言われてみればと思い出す。
確かにいつもより足が軽かったし、息もそんなに上がらなかった。しかしそれがなんの関係があるのかわからずにいると、のほほん男は黒ウサギを抱えたまま座っている青髪の少年を見た。
か、可愛いな~ぎゅっとしたいな~。
「カーくん~ヒーちゃんと~鬼ごっこ~して~~」
「「え?」」
少年とハモると、起立させられた挙句、私が鬼だと言われる。
ん? 私が鬼? つまり、この少年を捕まえてOK?
妄想を繰り広げていると、後退りしたばかりか鞘から剣を抜こうとする赤髪。おいコラと思いながらも私は笑顔だ。
「その思考……斬っていいか?」
「なんのことだ? よーし少年、鬼ごっこしようでは──!?」
言い切る前に少年の姿が消えた。
慌てて周囲を見回すと、壁に天井に黒い影が動き回っているのがスレスレで見える。ちょちょちょっと待て!!!
「カーくん~室内だけだよ~~」
「室内……だけ……」
指摘に、窓の上に近付く影から少年が姿を現す。困った表情が可愛いが、椅子を踏み台にした私は──跳んだ。
普通に考えたら四、五メートルはある窓の上など届くはずないだろう。しかし届いたのだ。
「「えっ!?」」
少年とニ人焦るが、冷静だった彼に避けられた私は壁に激突し地面に墜落。うむ、痛いな。
額を押さえたまま振り向くと、地面に足を着けた少年は冷や汗をかきながら間合いを取っていた。邪魔なヒールを脱いだ私は彼の足が踏み込んだのを見て、駆ける。
瞬間、周りがゆっくり動いているような感覚に囚われたが、彼だけを捉えたまま手を伸ばした。
「つーかまえたーーーー!」
「う……わあああああーーーーっ!!!」
一六十ほどの彼をスッポリと腕と胸の谷間に抱え、床に倒れ込む。もちろん私が下だ。捕まえて怪我をさせてはいかんからな。
胸元でジタバタしている少年は息苦しくなったのか、谷間から顔を出す。私は見計らったように前髪を払った。
「あっ!?」
怯えたような表情を向ける彼の瞳は……藍色。
ビクビクしている彼の髪を撫でながら前髪を戻すと、抱いたまま上体を起こした。
「宵闇の瞳だな。夕日と入れ替わりに出てくるその色、私は好きだぞ」
「……黒の……瞳」
微笑む私に、何かを呟いた少年は小さな口を開いたまま動きを止める。
しばらくの間を置くと私の手を取って立ち上がり、椅子に座らせた。すると黒ウサギを持ったまま私の膝に乗った。か、可愛い~!
抱きしめると苦しそうな声が聞こえてくるが可愛いものは可愛い。
そんな幸せに浸る横でガタッと椅子が倒れる音がした。見ると、立ち上がったハチマキ男と赤髪が訝しんだ様子で私を見ている。反対に銀髪とのほほん男は楽しそう。なんだ?
「ティージが追いつかれた……だと?」
「おいおいマジかよ。手、抜いたんじゃねーだろうな」
怒気を含んだハチマキ男に、のほほん男が割って入る。
「本気では~なかったけど~僕も~あそこまでとは~思わなかったな~もしかして~ヒーちゃん~身体動かすの~好き~~?」
「あ、ああ。昔から色々スポーツに手を出していた」
「じゃあ~あの飛躍力や~瞬発力は~ヒーちゃん自身の~力だね~普通は~少~し~速くなる~だけだけど~団内で~一番速い~カーくんを~捕まえられるなら~相当な~もんだよ~~」
何? この少年が一番速いのか? まあ本気ではないと言うのなら……ん? “普通”?
私の疑問に気付いたのか、本を閉じた銀髪が代弁する。
「と言うことは、過去に彼女のような方がいらっしゃったということですね?」
「うん~過去の記録に~あるよ~僕も~見たのは~はじめて~だけど~~」
「なっ!」
あっけらかんと言われ、開いた口が塞がらない。
何より私以外にも訪れた人がいるということは、本当にここは別の世界ということだ。徐々に現実を帯びてきた事態に胸の動悸が速くなり、世界が真っ暗になる。
「お姉さん……深呼吸……して」
「あ……」
前髪から覗く藍色の瞳に我に返る。
気付けば額からは汗が流れ、小刻みに震えていた。だが、手の上に乗る少年の手と小さな笑みに安堵感が包む。礼をするように少年の髪を撫でると、のほほん男がくすりと笑う。
「みんなが守護する~『天命の壁(デスティニー・ウォール)』に~二重門を造ったのは~彼女と同じ~異世界人だよ~~」
四人全員が息を呑む気配を感じた。なんだ? 運命の壁?
思考を読まれたのか、のほほん男に『天命ね』と訂正される。日本語は難しいな。日本語でいいのかはわからんが。
「『天命の壁』って~言うのは~窓からも見える~大きな~城壁のこと~~」
「やはりあれは城壁か。戦争でもしているのか?」
「人間相手の方がどんだけ楽だっつーんだよ」
おいこら、ハチマキ男。人間相手なんぞと言うな。戦争自体あってはならんというのに。
そんな視線を送っていると赤髪が口を挟む。
「この国、いや……この世界には『魔物』という人間とは違う異質な化け物が存在する」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げるが、少年も周りも至って真剣だ。
魔物って、よくゲームのRPGとかに出てくるあれか?
スライムぐらいなら可愛いなと浮かべていると、少年に『グロテスク』と槍を刺された。マジか……そのテは苦手なんだが。
「そういう~魔物がね~国に~入れないよう~『天命の壁』が~あるんだけど~どうしても~入られるんだ~で~以前~異世界からきた~人の~助けで~東西南北に~見張り台も~兼ねて~二重門~造ったんだ~~」
おいおい、二重門を造るって凄いな。そんな楽に出来るのか。
しかしお約束なのか、この世界には魔法が存在するらしい。本格的にRPGになってきた展開に、勇者になって魔王と戦えという使命があるのではないかと、異世界トリップ的な確率を考える。
すると赤髪が溜め息をついた。
こいつさっきからタイミング良くついているが、私の思考でも読めてるのか?
「そんなのがいて平和になるのなら、今すぐ我々『四聖宝(しせいほう)』が斬ってやる」
やっぱり読んで……ん? 我々?
のほほん男は手を左右に振っているので違うとわかるが他の連中は……周りを見回した私は赤髪に視線を戻すと控えめに訊ねた。
「ちなみに……ご職業は?」
「騎士だ」
こいつら本当に騎士だったのか────!!?