01話*「アーポアク国」
異世界を駆ける
姉御
とても重たい空気が流れている。
よく見れば神々しい椅子は階段上に一脚だけ。まさに玉座だ。
この椅子を中心に、円を描いて設置された何席もの席には灰色のローブを纏った老人達。会議中か何かだったのか席を立ち、仰天の眼差しを向けている。気分は王様というより被告人だな。
そんな私は一回り大きな玉座に体育座りの姿勢で少し股を開き、両腕は肘掛けに置いている。四本の刃のせいで身動きが取れないからだ。
すると私から見て左、頬に剣を向けている赤い髪と瞳の男が口を開いた。
「まさか王ではなく侵入者とはな」
髪は肩までの長さで右側に流し、右房が少し長い。しかし、明るい髪色とは違い冷たい印象。無愛想だな。
すると今度は胸上に槍を突き立てている、前分けで肩より少し長いくせっ毛の茶髪と紫の瞳。額に赤いハチマキを巻いた目の前の男が声を荒げた。
「しかも女だぜ? 結界張ってたんじゃねーのかよ!?」
声量のあるヤツだな。結界とはなんのことだと考える私の背後。
股の間に長剣を突き立て、銀色の無造作ショート髪に、翡翠の瞳をした男が本を読みながら淡々と答えた。
「そのはずなんですけどね。私も何も感じませんでした」
おいおい、せめて視線を本から外してくれないか?
そして沈黙を続けている私の右。前髪が長くて瞳は見えないが、肩下までのストレートの青髪の男……の子。腕には四十センチはありそうな大きな黒ウサギのヌイグルミを抱いているが、首元にナイフを当てている時点で跳び付くのはやめておこう。うむ、残念。
そんな観察をしていると、赤髪の男が溜め息をついた。
「で、キミは何者だ? 妙な格好をしているが」
いや、それは貴様らもだろ。
貴族っぽいような軍人っぽいような服にマントって……剣を持っていると騎士に近いが。いやいや、銃刀法違反だろ! 被告人はこいつらだと思うぞ!! と言うか待て!!!
冷や汗をかきながら目の前の男を睨む。
「おい、ハチマキ男……」
「あん? オレかよ」
「そうだ。すまんが刃をあまり近付けないでくれないか」
四人は怪訝な顔をする。
普通は首元に刃を向けている少年に言うべきだろうが、胸元に近いハチマキ男の方がマズい。墜ちた衝撃でパッツンパッツンだったブラウスがな、うむ。
だが頭に血が昇りやすいのか、ハチマキ男はさらに刃を近付けた。
「突然墜ちてきてなっ!?」
ああ、バカと思った時既に遅し。ハチマキ男の怒鳴り声と共に胸元のボタンが刃で切れ──弾けた。
ボタンは宙を飛び、豊満な胸様が露になった上、地味にブラがズレて片方の乳首が丸見え。男達は仰天するが、羞恥に耐えながらハチマキ男の顎を右足で蹴り上げると、左右の男達の剣を手刀で落とした。
「なっ……!?」
赤髪の焦り声と同時に、股間に剣を突き立てている銀髪の腕に頭突き。四人がバランスを崩した隙に椅子から跳び降りた。許せ!!!
「待ちやがれ……!」
床に倒れ込んだハチマキ男が手を伸ばすが、一気に階段を駆け降り、扉目掛けてまた階段を上る……ん?
なんでか足が軽い。しかも、いつも以上に速く走れている気がする。そんな疑問を持ちながら何倍もある大きな扉に手を掛けた。
見かけだけなのか扉は簡単に開き──眩しい太陽と冷たい風に迎えられる。
窓もない長い廊下の先には細い塔。さらに奥にはレンガ造りの街並みが見えた。目線より低いところにあるのを考えるに、この建物は高い所にあるらしい。赤髪が“王”と言っていたから城か?
走りながら景色を眺めると、街造りはヨーロッパっぽいが、高い土壁のようなものが外側をぐるりと囲んでいる。遠すぎてわからないが、目測だとサンシャインぐらいか? というか完全に日本じゃないだろ!! おいおい地下世界とでも言うのか!!?
ひとまず外に出ようと足を大きく前に出す。が、何かにぶつかって弾かれた。
「っ、なんだ!? ただの廊下だろ……」
両手に握り拳を作って叩くと、まるで見えない壁があるように先に進むことが出来ない。
瞬間、背筋に走る悪寒に急いでしゃがみ込む──と、物凄いスピードで向かってきた槍が、何もない空中で刺さった。ゾクリと恐怖を覚えながら振り向くと、先ほどの男達が早くも揃っている。
というか貴様らよく見たらイケメンだな! さっきはシッカリ見る暇もなかったが中々拝めない美形達が四人も!! 太陽よりも眩しく見えるぞ!!!
興奮した様子の私に、ハチマキ男が呆れる。
「すっげー余裕ありそうな女に見えんだけど……どーするよ、アズフィロラ」
「どうするも何も彼女は奇怪すぎる。ラガーベルッカ様の結界まですり抜けて」
「私も四段階出すとは思いませんでした。というか急に槍を投げるのやめてください、エジェアウィン君。怖いですよね、カレスティージ君」
「お姉さん……足……速いですね」
互いに名前を言い合っているようだが長くて覚えられん。
ともかく言えることは銀髪以外が年下ということだな! 赤髪は同い年の気がするが、誕生日が私より後だったら下と認めるぞ!! 本当は年下に暴力を振るいたくはなかったが先に刃を出したのはそっちだからな、すまん!!! と、合掌すると、困惑の気配が漂ってきた。
「……なんでボクらに合掌……してるんでしょう」
「ごめんなさい、なわけねーよな」
「私はすごく不満に感じますね」
「奇怪すぎる……ともかく」
鞘から剣を抜いた赤髪は目を細めた。
刺すように冷たい気配は素人の私でもわかる。完全なる──殺気だ。
心臓が早鐘を打ち、足が竦むが、見えない壁に背中がぶつかる。
それでも背を預けたまま赤髪と目を合わせると、切っ先が私に──
「ちょお~っと~待った~~!」
──届く前に、のんびりな声に遮られる。
振り向けば腰まであるミントグリーンの長髪に眼鏡を掛け、白のローブを纏った年上男がニコニコ笑顔で走ってきた。赤髪の男は溜め息をつきながら剣を下ろす。
「何事ですか、ヒューゲバロン様」
「アーちゃんも~みんなも~落ち着いて~落ち着いて~あ~ラーくん~この結界~解いてくれな~~い?」
間延びした声に脱力するしかない。
すると銀髪の男が手を翳(かざ)すと、見えない壁が消えた。貴様が犯人だったのかと睨むが、のんびり男が私の肩に手を置く。おいセクハラかと、年上には厳しい目で睨むと、ニコニコ笑顔が返された。
「急に~ごめんね~まさか~玉座に墜ちて~くるとは~思わなくてさ~~」
「「「「「は?」」」」」」
のんびり男の台詞に一瞬思考が止まる。それは後ろの四人も同じだ。
薄く開いた金色の瞳で私を捉えた男は、口元に綺麗な弧を描いた。
「ようこそ~アーポアク国へ~~……“異世界の輝石”さん」