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花のフィールド

​31話*「言質」

 あの日と同じ。否、それ以上の動悸が早鐘を打つ。
 左右にいるのは四人の男たち。肌も浅黒いモノも出ていないのに、視線だけで犯されている気分になる。

「本音……って」

 

 反射で出る足を抑え、メモを握りしめる。
 招く手を止めた慶二さんは立ち上がると、ゆっくりと私に向かって歩きはじめた。

 

「そのままの意味です。“今”の零花さんが“私たち”をどう想っているか……まあ、聞くだけ無駄でしょうが」

 

 溜め息まじりの声に再び痛みが広がる。
 逃げ出したい、逃げればいい。なのに身体は動くどころか散らばった自身の本を拾う彼等に疼き、気付けば囲まれていた。逃げ場さえなくなった私は顔を伏せる。

 

「Oh、オレの買ってくれたんだね」
「た、たまたまで……」
「なんで俺がTL描いたって知ってんだ?」
「絵、絵が似てたから!」
「パンフなんて去年と変わりませんよ。私が助教授になった以外は」
「おめでとうございます!」
「レイちゃんも……誕生日おめでとう」
「っ……!」

 

 四方からの囁きは詰(なじ)るどころか甘い。
 屈んだはじめさんは画集を置くと、長い両手で私の頬を包み、目尻に浮かぶ涙を拭った。それでもポロポロ零れるのは覚えてくれていたからか、柔らかな微笑だからか。自然と顔を寄せ合うと唇が重なる。

 

「んっ……」

 

 舌先は熱く、口内を掻き乱される。
 性急でも気持ち良くて、リップ音を鳴らしながら離れた時は寂しくなった。が、すぐ後ろから抱きしめられる。

「ひゃっ!」
「イチ兄、ズルいーっ! あ、Happy Birthdayレイカっ」

 

 顎を持ち上げられると微笑むシロウさんと目が合い、額、頬、唇に口付けが落ちた。挿し込まれた舌は、はじめさん同様に荒いが背伸びをし、いっそう深くした。

 

「ん……Awesome」
「何が最高だ」
「あっ!」

 

 腕を引っ張られ、恍然としたシロウさんから離される。三弥さんは溜め息をついているが離そうとはしない。見上げていると、はじめさんがくすくす笑う。

「ミツくんは? おめでとうのキス……しないの?」
 

「っせーよ。まだちゃんと聞いてねぇだろ」
「Oh、ならオレがサン兄の分も……あっ!」

 

 また抱きつこうとするシロウさんより先に腕を引っ張った三弥さんに口付けられる。重なってすぐ離れたが、舌先を出していることに意地悪だとわかると頬を膨らませた。そこで慶二さんと目が合う。

 

「私はイラマが良いんですが……」
「慶二さんっ!!!」

 

 眉を落とした呟きについ声を荒げてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。が、口角を上げた彼に手を跳ね除けられると鼻と鼻がくっついた。眼鏡越しに捉える目と笑みに胸が高鳴る。

 

「そうもハッキリと呼ばれたら……シたくなるでしょ」
「んっ……」

 

 三弥さん以上の意地悪に文句よりも口付けに悦び、シワシワの白衣を握る。良い子と頭を撫でられるが、無情にもまた離れていった。
 見下ろす四人は艶やかに微笑んでいるが、息を荒げる私はへたり込む。

 

「なんで……すぐ……やめるんですかぁ」

 

 ここにいることよりも“手加減”を問う。
 嬉しいのに中途半端で、動悸も疼きも増すばかり。それは私だけではないと視線を移すと苦笑された。

 

「どこ見てんだ、ハレンチ女」
「Oh、我慢できてないのバレバレだよね」
「でも、それが証拠です」
「しょう……っ!」

 

 なんのことか問うより先にはじめさんに手を掴まれ、彼の股間、胸へと触れる。服越しでも予想通り大きくて堅いモノ。そして、逞しい胸板の感触とは別に心臓音が伝わってきた。
 私と同じぐらい速い音に顔を上げると、薄っすら頬を赤めたはじめさんは微笑む。

 

「僕たちが……“今でも”レイちゃんを犯したい……愛してるって証拠」
「っ……!」

 

 目眩く告白に全身が熱を帯びる。
 咄嗟に手を離すが、反対の手を慶二さんに取られ彼の股間と胸。順に三弥さんとシロウさんのも触れる。大きさや音はもちろん、熱まで同じで目頭が熱くなった。

 

「レイちゃんは? 今でも“あの時”と……“僕たち”と同じ気持ち?」

 

 はじめさんの柔らかな問いに、頬を伝って涙が落ちる。
 最後に会った“あの時”にぶちまけた“本音”を“今”と照らし合わせるが、見下ろす目に、熱に、疼きに、本に、ブレスレットに自然と口が開いた。

 


「っ……好きです…………今でもずっと……みなさんを……愛してます」

 


 あの日を繰り返す言葉。でも違う。
 半年以上たっても忘れるどころか増す想いに、本当に彼らが好きで愛しているのだと先の口付けで実感した。そして今でも愛してもらえていることに感涙に咽ぶと、また背後から抱きしめられた。

 

「Thank goodness(ああ、良かった)……オレもレイカが大好きで愛してるよ。だからもういなくならないで!」
「ええっ!? ちょ、シロウさわわわ!」

 

 抱き上げ頬ずりするシロウさんは写真集の凛々しさの欠片もない、窄らしい顔をしている。慶二さんと三弥さんも安堵の息をつく中、はじめさんだけが笑っていた。

 

「ふふっ、大丈夫って言ったのに……みんな心配症だね」
「いや、はじ兄のメンタル鬼強だって……」
「ええ。今回ばかりは兄さんに感服します……と」
「あ……ハチくん、着いた?」

 

 溜め息をついていた慶二さんの携帯がバイブ音を鳴らすと、はじめさんが覗きこむ。呟いた名に引っ掛かるが、確認した三弥さんが私を抱えるシロウさんの足を足先で突いた。

 

「おら、行くぞ」
「Nooo! オレ、もうムリ!! ここで犯す「「No!!!」」

 

 反射で拒否の声と手刀、三弥さんの足蹴りを喰らったシロウさんは呻きながら私を下ろす。よろけるが三弥さんに支えられ見上げると、そっぽを向かれた。その頬は赤く、伝染するように私の頬も赤くなる。
 その横で不貞腐れるシロウさんを宥めるはじめさんが私の鞄や本を集めると、慶二さんも自身の鞄を持った。

 

「では、行きましょうか」
「へ? どこに?」

 

 理解していない私を横切る兄弟。
 問いに足を止めた慶二さんは私の手を掴むと、いっそうくしゃくしゃになったメモを引き抜き、三本の鍵を見せた。一本はこの部屋、一本は彼の車──そして。

 


「もちろん、最終関門クリアしたんですから我が家にですよ」

 


 自分の名が記された受験票と共に、郵便ポストに入れた合鍵を見せられる。けれど、私の目には艶やかなのに意地の悪そうな笑みを浮かべる四人が映っていた。


 

* * *

 


「おお、零花。そげに兄弟さん、お帰りだ」
「なしてハチ兄がおるんが!?」

 

 久し振りに訪れた時任家。
 その玄関を開けるとなぜか実兄が掃除をしていた。予想外の人物に開いた口が塞がらないでいると、よく実兄と一緒に見かける男性が掃除道具を持つ。

 

「じゃば、俺は帰るなり」
「あ、お疲れやが」
「ふふっ……なりーくん、またね」

 

 和やかな会話と共に手を振りながら男性が家から出て行く。と、兄弟がいつものように服を脱ぎはじめた。

 

「ちょちょちょ待って待って! わけがわからない(わやくそだがね)!! どうなっとうがや!!?」
「よもよも、中で話すがや。あ、長男さん。届いた画材、部屋の前に置いたに」
「ありがと……ハチくん」
「やっぱり“この”ハチやったが!?」
「Ya。Brotherくん、面白いよねー」

 

 平然と兄と話す兄弟に混乱していると、ネクタイを解いた慶二さんと目が合う。

 

「お兄さんと友達になったんです」
「はいっ!?」
「お前のおかげでな」

 

 空気を読んでか、慶二さんと三弥さんは上着だけ脱ぎ捨てる。いつもの専用籠に。
 だが、含みのある笑みが気になり、汚いとまでは言わないリビングに足を運ぶとソファに座った。左右には全裸のはじめさんと上半身裸のシロウさんが座り頬ずりされるが、向かいに座るハチ兄は苦笑するだけで羞恥より疑問符しか浮かばない。

 

「零花が実家に帰ってくる少し前に三男さんから電話がもらったんに」
「はあっ!?」

 

 別ソファに座る慶二さんと三弥さんを見るハチ兄に驚きの声を上げる。
 帰ってくる前ということは紗友里ちゃん家に居た頃だろうが、それ以前にどうやって連絡を付けたのか戸惑っているとシロウさんが口を挟んだ。

 

「イチ兄がレイカの実家のTEL覚えてて、ニイ兄がBrotherくんの大学の先生に成りすましてTELしたんだよ」
「私は本職です」
「で、八作の番号を教えてもらって、面識のある俺が連絡取って会った」
「はいいぃ~?」

 

 順に説明してもらっても頭がついてこない。そもそも実家の番号をなぜはじめさんがと視線を向けると、ニッコリ微笑まれた。

 

「レイちゃんがキャンバス壊した日……実家から電話きたでしょ? その時、覚えた」
「記憶力よすぎぃ~!」

 

 才能に両手で顔を覆うと左右から頭を撫でられる。
 優しい手だが、それどころではないと再びハチ兄を見上げた。

 

「そげで、なんの話をしたんが?」
「いろいろやが。お前が世話になっとったことや、泣きながら出て行ったこと……兄弟さんがお前を好きで結婚をやめさせたいこと」

 

 強めた語尾に目を瞠ると四人を見回す。
 いつもの表情に見えるが目の奥には情欲が見えた。耳まで真っ赤にする私にハチ兄は苦笑する。

 

「いやぁ~、四人とも零花が好きで破棄が無理なら実家の隣に家を建てるとか言われた時はビックリした(おべたわ)」
「そげだけはやめてやがあああぁぁ!!!」

 

 こんな変態兄弟でも顔立ちは一級品! 実家に来られた日には町中の噂になって始末におえない(あばかんわ)!! 稲刈り姿は似合いそうやけど!!!

「Ya、稲刈りしたいー!」
「ふふっ、稲に囲まれてのセックんぐ」

 

 はじめさんの卑猥発言を両手で止める。が、口を塞ぐ手の平を舐められ離すと、シロウさんに抱きしめられた。からかう二人に文句を言うが、目を丸くしていたハチ兄が堪えきれないといった様子で笑い出す。

 

「っははは! 零花のそげん楽しそうな顔を見るの久し振りやが……ん、やっぱ破棄させて良かったが」
「……え?」

 

 事後にも聞こえる言葉に善悪わからない動悸が鳴る。察したハチ兄は苦笑と共に照れた。

 

「零花の結婚相手……実は俺(わー)の高校の先輩やったんが」
「ええっ!?」
「いやぁ、同姓同名や思っとたんが、盆に会って驚い(おべ)たわ」

 なんでもないように笑っているが鳩が豆鉄砲を食った気分だ。呆ける口に、はじめさんとシロウさんの指が挿し込まれ遊ばれていると、ハチ兄は声を落とした。

 

「そげなら破棄できないか話したら、先輩も別に好きな子がおる言うて……けど、口下手やし両親のことを思うと言えんかった言うとったが」

 

 数回しか会っていない相手。私ではない誰かを見ている気がしたが、それが私同様、本当に好きな人を想っていたのだと考えれば腑に落ち、左右の指を叩いた。

 

「零花も兄弟さんが好きみたいってコメから聞いたし、両方応援がせんといかん思って、昨日夜行バスで零花が帰った後に両親と相手さんに破棄を申し出たに」
「ええええぇぇっ!?」

 

 さらなる衝撃に絶叫と共に立ち上がるが、兄弟は拍手を贈っている。
 確かにコメさん=ハチ兄の彼女さんに『東京に好きな人はいなかったの?』と問われ話してしまったが、本当にそれでいいのだろうか。自分でなんとかしなければならない事案をまた兄に押し付けるどころか、破棄なんて後ろ指をさされるのではないだろうか。

 

 拭いきれない不安に身体が震えると頭を撫でられる。
 それは立ち上がった兄の手で、子供の頃よりも大きくなった手。拒んできた手を振り払うこともせず顔を上げる。

 

「家の噂がどうこうとか、男尊女卑なんが古いって俺も先輩もわかっとるが。やけんが、これを機に反論して良い子の長男は終わりにするんに」
「ハチ兄……」
「それに、自分から好きになって、好きになってくれた相手と繋がるんが良いのは俺も知っとる。やけんが、零花も好きな人と幸せなればええが」
「っ……!」

 

 実家では見ない素の笑顔に涙が込み上げると、立ち上がった兄弟に抱きしめられた。四人も笑顔でハチ兄を見る。

 

「ふふっ、大丈夫……レイちゃんは電話なら両親と渡り合えるから」
「ええ。たとえ連れ戻されそうになっても私たちが離しません。二度と」
「コイツは俺たちの女だからな」
「オトトイキヤガレ!だね……あ、Brotherくんはいつでもきていいよ」

 

 すっかり埋もれてしまった私は呻くが、隙間から笑うハチ兄が見える。そして、改めて兄弟を見るとゆっくりと頭を下げた。

 

「迷惑が掛けると思いますが、どうぞ妹を末永くよろしくお願いします」 

 

 心地良く聞こえた声。そんな兄の目には僅かながらに涙が見え、私の頬にも流れる。腕を解いた兄弟も優しく、でもハッキリとした声で応えた。

 

 渦巻いていた不安も後ろめたさもすべて取り払う魔法の言葉を。

 

 


 

 

「って……待って待って! 待ってくださいっ!! Stop!!!」
「「「「No」」」」

 

 ハチ兄を見送った頃には時刻も夜の八時を回っていた。
 先ほどまで感動と夢心地に浸っていたが、迫るモノによって現実に引き戻される。元自室である和室に敷かれた布団に寝転がされた私を見下ろすのは裸体と雄々しいモノを向ける四人の男たち。その口元には笑みがあり、拒否と共に囁かれる。

 

「Why? オレ、我慢できないってずっと言ってたよ?」
「てめぇの問題はクリアしたし、最終関門もクリアしただろ」
「私たちのせいで我慢できない身体になったようですし」
「責任は取らないと……ね?」
「ななななんの話ですか!?」

 

 シロウさん、三弥さん、慶二さんに口付けられると服を脱がされる。
 久し振りなのと、噛み合ってない会話に慌てて手で隠すと四人は顔を見合わせた。すると、慶二さんが自身の服に手を伸ばし、ポケットから録音機らしき物を取り出した。

 

「とぼけても言質を取っているので無駄ですよ」
「はい?」

 

 なんのことか首を傾げる私とは違い四人は意地悪い笑み。
 嫌な予感と共に慶二さんが再生する。静寂が包む中、聞こえてきたのは──。

 

『んふっ……! んっ、んんん……んはぁ』
「!?」
『っあ……もっと奥……もっと強く……っ!』

 

 卑猥な声と蜜音。だが、覚えがあるどころか身体が疼くと四人に見下ろされる。

 

「オレのファンがレイカにちょっかいをかけてたってMamに聞いたんだ」
「で、ケイ兄が家中に防犯兼ねて設置していたカメラを確認したら」
「このような面白いものも撮れていたんです。我々が不在の日、私の部屋で」
「レイちゃんが……自慰しながら僕等を求めるのがね」
『んんん゛ん゛ん゛っ!』

 

 私を捉える目は高揚に満ちている。が、灰色の瞳に映る私の脳内は傷心と索漠とした夜にシでかした羞恥に嬌声以上の悲鳴と大爆発を起こした────。

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