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​モん!

シェル
   番外編22*「初心に返る」

*具体的な描写はありませんが【震災】の字有

 梅雨が過ぎ、蝉声が夏を呼ぶ七月上旬。
 テレビを聞き流しながら洗濯物を畳んでいると、玄関の開閉音と元気な声が響いた。

「ただいまー!」
「おかえりなさい、羽実ちゃん」

 

 パタパタと駆け足でリビングに入ってきたのは小学校から帰ってきた娘の羽実ちゃん。ピカピカの真っ赤なランドセルと黄色の帽子を椅子に置くと手を洗い、洗濯畳を手伝ってくれながら今日は何があったよと話してくれる。

 

「それでね、しーちゃんがまた告白されてて振ってたの」
「おー、さすがお秘書さん顔とスッパリまきたんの血ですね。今時なら小学生のお付き合いも良い気がしますが」
「半日ぼれしなかったから無理だって」
「はい?」

 

 半日惚れって、殆どの人は不可能では?
 さすが妹とお秘書さんの息子だと再び頷きながら重ねた洗濯物を持つと立ち上がる。

 

『はーい! なりーTV、今月のお宿は熊本県阿蘇市にある旅館『蒼穹(あお)』なりー!! そしてこちらがオーナーであり若旦那の神楽坂(かぐらざか)さんなりよ』
『ようこそおいでくださいました』

 ローカル番組の声にその場で停止。
 テレビを観れば立派な旅館と和服のイケメンさんがリポーターと笑顔で話しながらロビーを映していた。

 

「わー、きれいな場所だね。オーナーさんもカッコいい……ママ?」

 

 はしゃぐ羽実ちゃんを他所にテレビに近付いた私は画面を凝視する。確かに素敵なロビーでイケメンさんだが、背後で会釈している従業員さんが気になり目を凝らした。

 

「ママ、どうしたの?」
「ん~……見たことあるような顔が……あああぁぁーーっ!!!」

 

 合致した叫びに、羽実ちゃんは慣れた様子で両耳を塞ぎながら首を傾げる。さらに窓を開けたベランダを通してか、隣家のまきたんから『うるせぇ』とメッセージが送られてきた。
 私の性分なのでお許しください。

 

「知り合いが映ってた……?」

 

 夜の八時過ぎ。帰宅した海雲さんに早速話す私は笑顔で頷いた。

 

「はいっ! 熊本のペンションで友達になって東京に引っ越した後も仲良くしてくれてる友達が熊本の旅館で働いているのをテレビで知ったんです!! だから行きましょう!!!」
「…………悪い。情報過多で追いつかない……羽実」
「はーい!」

 

 スーツの上着と解いたネクタイを椅子に置いた海雲さんは眉間の皺を押さえながら手を挙げる羽実ちゃんを見る。あれ? なぜに羽実ちゃんですか? しかも、すがるような目をしてません?

 

 改めて。小学校に上がるまで毎年夏は家族で熊本県阿蘇市にある『天空(そら)の休憩所』というペンションに一泊二日でお泊まりをするのが恒例でした。そこにはオーナーさんのお孫さんで同歳の女の子も泊まりにきていて仲良くなったのですが残念ながら東京へ引っ越し。以降年賀状がメインでしたが、大人になって私も東京へ行く機会が増え再会。年末に会ったばかりだったんですが……。

 

「いつの間にか熊本に戻っていた……と」
「はい。連絡したらやっぱり本人で、オーナーだったお祖母さんが先月亡くなって戻ってきたそうです。で、ちょうど会社が倒産して色々あったところテレビで紹介されていた旅館で働くことになったと」
「せちがらいですねー……」
「羽実、また寺置に変な言葉教わったな……じゃあ、お祖母さんがしていたというペンションは?」
「震災で閉業しました」

 

 晩御飯を食べる海雲さんの手が止まる。
 福岡にも大きな揺れがきた熊本地震。阿蘇にも甚大な被害があり、一家は無事でもペンションは損壊。さらにオーナーさんの高齢も重なり閉業することになったそうです。

 

「羽実ちゃんとも行きたかったですが、“いつか”って思ってたらダメですね」

 

 そこにあるのが当たり前だと先延ばしにした結果『なりーワールド』も『天空』も二度と行けない場所になってしまった。人間も建物も在り続けるとは限らない。行きたかった、好きだったと今さら言っても後の祭りだろうが、すべてが失くなったわけじゃない。

 

「ということで、八月最後の土日に友達が勤めてる旅館、強いては熊本に行きましょう!」
「…………え?」
「念のためお秘書さんに聞いたら『仕事なんか絶対入れないので楽しんできてください。携帯も切っておきますね』って笑顔で言われたので大丈夫ですよ!」
「あいつが休みたいだけじゃ……」

 

 しんみりから満面笑顔に変わった私に海雲さんは大きな溜め息をつき、羽実ちゃんが旅館と周辺の観光地ページをタブレットPCで見せる。

 

「羽実ね、ここでオルゴール作りたい! ふれあい動物園もあるんだよ」
「私は被災地に建てられた海賊王たちの銅像めぐりをしたいです! 海賊王に私はなる!!」
「………………明日、観光ガイド(地図)買ってくるか」

 

 さすがの海雲さんも某有名海賊王漫画だけでなく、私が既に予約を取っていることで察したのか、ひと息つくと食事を再開した。若干遠い目をしていますが、理解ある旦那様には感謝しかありません。
 お友達に会えるのはもちろん、家族旅行も楽しみです!

 


* * *

 


 わくわくするほど時間が経つのは早く、うだる暑さも和らぎはじめた八月下旬。朝十時に海雲さんの運転で福岡から高速を使って二時間足らず、熊本県阿蘇市に到着。震災後に訪れるのは初めてで真新しい道路や未だ残る崩落の跡には慣れませんが、風力発電の大きな風車と山容は記憶と同じで年甲斐もなくはしゃいでしまいます。

 

「ママ、今日は特にごきげんだね~」
「みきと寺置が笑顔なのは平和な証拠だ……義妹には申し訳ないが」

 

 不在を聞いたまきたんの絶望顔を思い出したのか、合掌する海雲さんと羽実ちゃんに続いて私も内心謝ると気持ちを阿蘇へと戻す。

 

 訪れたのは羽実ちゃんリクエスト。大自然を使った運動広場他、ふれあい動物園にキャンドル作り。さらにドーム型のホテルと温泉もありますが、今日は体験と運動がメイン。まずはバイキングでお腹を満たし、カピパラさんやうさぎさんたちと戯れ、オルゴール作り。

 

「曲はどれにするなり? 三分間待ってやるとか、あなたの心ですとかもあるなりよ」
「あ~、ジ〇リやル〇ン三世も良いですよね~」
「じゅ、呪文……?」

 

 係員さんとお喋りしながら自分だけのオルゴールを完成させ、一万坪もある大自然に作られたスライダーや迷路を使った運動装置で目一杯身体を動かしました――が。

 

「あ、足がガクガクしますうぅぅ……引き篭りにはつらたんでしたあぁぁ」
「ママ、アウトドアに見えてインドアだもんね」
「色々バグるな……」

 

 陽も傾きはじめた頃、助手席で唸る私に二人がなんともいえない顔をする。
 外で遊ぶのは大好きですが、座り仕事な上にジョギングなど別段運動をしているわけではないので体力が持ちませんでした。若い気持ちでいても年齢を忘れてはいけないと実感していると運転する海雲さんの口元が綻ぶ。

 

「それを癒すのが……旅館(ここ)だろ?」
「え……あ!」

 

 二十分もかからず見えてきたのはライトが照らす檜の看板。
 車から降りた目前には二階建ての青色屋根に木材と鉄骨が合わさった現代的な建物と『蒼穹』の文字。旅の目的であるお宿にテンションも上がると小川が流れるアーチ橋を渡り、自動扉と同時に入館する。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ『蒼穹』へ」

 

 着物の従業員さんに迎えられ反射で頭を下げる。
 チェックインの時間なのもあって優雅なクラシック以上に人で賑わうロビーは大理石の床にシャンデリア。壁は木組みになっていて、ラウンジの窓からはヒマワリやジニアが咲く中庭が広がる。

 

「わあ、テレビ通り綺麗……あっ!」

 

 画面越しに見た景色に感動していると見知った女性が小走りでやってくるのを捉える。私も自然と駆け出すと笑顔で両手を広げた。

 

「フッキーちゃーん!」
「みきちゃん、いらっしゃーい!」

 

 勢いよく抱き合う私たちに周囲が何事かと振り向くが、構わず十センチほど背の高い彼女を見上げる。

 

「もう、ビックリしましたよ~。見間違いかと思ってテレビをガン見しちゃったじゃないですか~」
「むしろよくわかったね。あ、羽実ちゃん」
「こんにちは~」

 

 くすくす笑うのは編み込みした茶髪にズボンスーツの吹石(ふきいし) 葵(あおい)ちゃんことフッキーちゃん。半年前に会った時は会社が倒産するかもと不安がっていたが、晴れた笑顔と会える距離に居たことに嬉しくなる。

 

「アオ、いらしたのか?」
「ひゃっ!」

 

 かけられた声にフッキーちゃんは驚き、私も目を瞠る。
 現れたのは従業員さんとは違う和装の男性。黒に見えた肩までの髪は耳下から栗色で、瞳は綺麗な碧色。テレビでイギリス人ハーフだと言っていたのを思い出しているとキョドるフッキーちゃんが紹介してくれた。

 

「友達のみきちゃんと娘の羽実ちゃん。みきちゃん、こちらオーナーの神楽坂 ノア」
「ようこそ『蒼穹』へ」
「ふわあぁ、テレビで観るよりイケメンさんですね! あ、もちろん海雲さんが一番ですよ」

 

 稀に見る美形に歓喜の声が出てしまったが、チェックインを済ませた海雲さんに笑顔を見せる。溜め息をつかれるも挨拶したオーナーさんとすぐ話し込んでしまい、イケメン二人効果かロビーがいっそう華やかになった。

 

「眼福ですね~。オーナーさんはお若いんでしたっけ?」
「三十だから私たちの三つ下。だからかな、外見良くても我儘なんだよね」
「それを言ったら海雲さんだってクールに見えて甘い物好きで子供っぽいとこありますよ」
「へ? 意外……」

 

 甘い物やバイクが好きで、漫画には疎くて、混乱すると沈黙が長くなる。傍目ではわからない彼の内面を知得してることに誇らしくなってると目を瞬かせるフッキーちゃんの視線が上がった。

 

「でも、そうだね……外見と中身は違うよね……相手によっても」

 

 独り言にも聞こえる彼女の視線の先には海雲さんとオーナーさん。憶えのある感覚に不思議と胸の奥が熱くなる。

 


* * *

 


「……ご機嫌だな、みき」
「そりゃそうですよ~。素敵なお宿にご飯、さらに誕生日まで祝ってもらえるなんて~」

 

 夜も十一時を回る頃。阿蘇の夜空を眺めながら海雲さんと堪能するのは檜の露天風呂。全室離れの露天風呂付きで、赤牛のステーキ料理も美味しかったのに、数日後が私の誕生日だからとフッキーちゃんがサプライズでパチパチ花火付きのフルーツケーキとプレゼントを用意してくれていたのです。

 

「海雲さんも知ってたなんてもっと驚きましたよ~」
「オーナーに部屋で祝っていいか相談されてな……先を越された感があるが、感涙されたらなにも言え……っ」

 

 ちゃぷりと湯音を響かせながら身体を浮かせた私はそっと頬に口付ける。淡い照明だけでも彼の目が丸くなっているのがわかるが、すぐ口元が綻び、大きな腕が背中に回った。

 

「積極的なのはご機嫌だからか? 酒を飲んだからか?」
「それもありますが、フッキーちゃんとオーナーさんの両片想いに昔の私たちを重ねちゃって」
「両……片想い?」

 

 えへへと笑う私に海雲さんは小首を傾げるが、なんてことない。フッキーちゃんとオーナーさんが互いに好き合ってるという話だ。彼氏ではないとフッキーちゃんは言っていたが、慌てて否定するところや耳まで真っ赤になれば一目瞭然。

 

「オーナーさんの眼差しもフッキーちゃんにだけ優しかったんですよ。お秘書さんがまきたんを見る目!」
「捕食者の間違いじゃないか……?」
「つまり海雲さんも|捕食者《その目》で私を見ていたと?」

 

 指摘に顔面蒼白だった海雲さんは当時を思い出しているのか徐々に朱色へと変わる。
 夏の終わりとは言え夜の露天は肌寒い。でも、温泉の暖かさとは違う肌の触れ合いと内側から沸く熱に私の頬も赤くなると両手を首に回した。鼻先がくっつくほど近付けば自然と唇も重なる。

 

「んっ……はぁンン」

 

 短かった口付けが徐々に深くなる。静寂の中に響くのは揺れる湯と官能的なリップ音。唇から頬、耳、首筋に移り変わる度に身体は疼き、抱きしめる腕が震える。

 

「海雲さ……ぁんっ」
「思い出させたのはみきだろ……好きだとわかった時、早くこうしたいって思ってた」
「きゃっ!」

 

 軽々と持ち上げられた身体は湯船の縁で下ろされるが、足湯になっている私とは違い、半身浴の海雲さんは首筋、鎖骨に口付け、舌を這わせながら大きな手で乳房を包むと先端に口付けた。

 

「ひゃっ!」
「みき……声大きいと羽実以外にも聞かれるぞ」
「ひうっ!」

 

 咄嗟に両手で口元を塞ぐが、口角が上がった海雲さんにマズったと思うも束の間。逃れられないよう片腕が背中に回され、乳房をしゃぶられながら反対の手で秘部が弄られる。が。

 

「な、なんか……あン、いつもより……優しくないです……かっあぁ」
「ガメついていた気はないが……初心に返るのも有かと思ってな……はじめてだから優しくしたかった頃に」
「そういっ、へ……すぐ激しくなっへましたよっ……!」
「あの頃も今もみきが可愛くて厭らしいからだろ」

 

 唇が重なれば自然と両脚が開き、秘部を弄られる。くちゅくちゅと響く上下の音は次第に大きくなり、太い指がナカに挿し込まれた。既にイいところなんて知っているハズなのに、探し当てるように回されジレったくなるが、心地良い風で我に返る。

 

「海雲さ……湯船はダメです……フッキーちゃんに……迷惑が……」
「蜜を出すみきのせいだとも思うが……気になるなら出てからすればいい」
「ひぐっ!」

 

 最奥まで押し込まれた指先がイいところを激しく擦る。先ほどまでとは違う気持ち良さに愛液が零れるのを感じるが、理性が残っているのもあり、震える手で握ったバスタオルを床に広げた。一段差しかない湯船からバスタオルの上になんとか寝転がった私に指に付いた愛液を舐める海雲さんは笑う。

 

「そういえば……新婚旅行の時もこんな感じだったか」
「え……あ、言われてみれあああぁ……!」

 

 あの時は岩風呂だったと懐かしむも、股座に顔を埋めた海雲さんに秘部を舐められ、思い出が快楽へと変わる。
 まだいなかった羽実ちゃんも小学生になるほど時間が経つのは早いのに、変わらず求めてくれては愛撫してくれて、ちょっと饒舌になってくれる大切な人。私もまた返すように伸ばされた手をしゃぶれば顔を上げた目と目が合った。恋を知ってから今日まで衰えない欲情の眼差し。
 湯船から上がり、跨った彼と深い口付けを何度も交わせば膨張したモノが宛がわれる。

 

「海雲さんのはいつも元気ですね」
「欲しがってるのはみきもだろ……?」
「そりゃあ、旦那様が大好きですから」

 

 はにかんでしまう私に海雲さんの頬も熱とは違う意味で赤くなるのがわかると両手を伸ばす。口元に弧を描いた彼も手に口付けを落とすと私の両脚を持ち上げ、昂っていたモノを挿入した。

 

「っはあ、あああぁ……ンンっ!?」

 

 漏れてしまう声を唇で塞がれると腰を引き寄せられ、いっそう繋がりが深くなる。解されていても野太いモノはナカでも大きくなり、抽迭も激しくなった。

 

「ひっ、あンっ、はぁああ……気持ひンンンっ」

 

 最奥で容赦なく突かれのけ反るも、言葉通り受け取った海雲さんは同じところを突き続ける。恥ずかしかった蜜音も声も互いを悦ばせるモノだと知っている今は本能がままに身体をくねらせ吐露した。

 

「あっ……は、ああ……出てる……海雲さんの……ひうっ!」

 

 熱い飛沫をナカで感じていると、繋がったまま身体を起こされ俯せにされる。背中を舐められながら耳元で堪能な囁きが響いた。

 

「嫁(みき)が……好きすぎて……止まらないのは……知ってるだろ?」
「っ……はい……ああぁ!」

 

 口付けと共に再び最奥へと押し挿入ったモノが止まることなく内側を犯す。外側は甘い囁きと唇で犯され、湯の性分か精液かわからないほど全身が真っ白に染まるまで愛撫は続いた。初心ってなんでしたっけね――?

 

 

 

 


「ママ! 朝ごはん、今日だけ特別に赤飯も選べるんだって」
「な、なぜに赤飯ったたた……」
「寺置に見られているようで気持ち悪いが、縁起は良いから赤飯を貰おう……」

 

 翌朝、元気な二人と違って私はベッドから起き上がることもできず沈没。
 運動不足なのか旦那様の力かはわかりませんが久々の生まれたて小鹿の身体と赤飯に“はじめて”を思い出すも、赤飯の理由がフッキーちゃんとオーナーさんが恋仲になったからと知れば痛みも忘れ、笑顔で海賊王の船員像(クルー)めぐりへと向かった。

 

 呆れ半分の海雲さんと、はしゃぐ羽実ちゃん。藤色家三人、今日も元気です――!

​                              / 番外編

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