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80話*「自己紹介」

 澄んだ空と海のような瞳は青水晶。
 光と重なれば宝石と見間違うほど輝きを増し魅了する。なのに、瞳孔の奥深くに覚えのある色があった。気のせいだと、自分が映っているだけだと、この世界にはないと思っていた色──。


「黒……?」

 


 震える唇を両手で覆うと、今までにないほど大きく目を開いた。
 真下で膝を着くお義兄ちゃんや団長さん、ランさんとセルジュくんも同じで、王妃様とノーマさんだけは顔を伏せている。

 ただ一人、宙に吊り上げられている当人(ルアさん)だけは理解できてないようで、集めた水を凍らせた鏡もどきをイズさんが見せた。

 水滴が落ちる鏡に映るのは汗にまみれ、ボロボロになった自分。
 そして、吹き抜ける風が前髪に隠れていた輝きを覗かせる──青水晶と漆黒の瞳を。

 

「っ!?」

 

 息を呑んだルアさんは、わたし達以上に目を瞠った。
 琥珀の髪が高く昇った太陽で金色に変わるのとは違い、左目は青水晶。そして右目は漆黒のまま。

 

「直系であるコーランディア、果ては虹霓竜すら操れない四大属性をなぜ自分が使えるか不思議に思ったことはないか?」

 淡々と問うイズさんに、ルアさんはゆっくりと顔を上げる。
 その身体も瞳も小刻みに震えているが、イズさんを、同じ色を持つわたしを見据えていた。愕然としているわたしを抱え直したイズさんは、ふっと笑みを浮かべる。

 

「この世界において“異世界の輝石”は災厄を招く一方で、四大に愛される存在でもある。結果、虹霓竜と佐久間 蛍との間に生まれたお前には四大属性という幸福が与えられた」
「つまり……ルアさんは……混血児(ハーフ)?」

 躊躇いに『恐らく史上初のな』と、イズさんは楽しそうに付け足した。反対にルアさんは何か言おうとしても動揺からか、すぐに口を結んでしまう。

 フルオライトの王子様だったのもですが、まさかお母さんが佐久間ほたる……蛍(けい)さんだったなんて思いもしなかった。今まで何度も彼女の名前が出ても漆黒以外の反応はなかったし……なんで。

 

「なんで、ルアさんは覚えてないんですか?」
「さっきも言ったが、封印のせいだ」

 

 差し出したイズさんの手の平には、チェーンの意味をなくしたネックレス。粉々に散った青薔薇。

「こいつには強大な魔力と記憶を封じる術がかけられていた。けど、永久に続く魔法は存在しない……ましてやトラウマを消すことはできねぇだろ」

 自嘲気味に笑うイズさんはどこか哀し気に見える。
 対してルアさんは唇を噛みしめていた。それがどんな感情からくるものかはわからないが、一番のトラウマを、彼が捜し求めていたことを知るわたしは意を決して訊ねた。

 

「ルアさんのお母さんを……蛍さんを殺した……漆黒の髪と目の男性って……イズさんですか?」

 

 真っ直ぐ見上げるわたしに、イズさんから笑みが消える。
 はっと顔を上げたルアさん以外はまた狐につままれたような顔になるが、慌てて立ち上がる人がいた。

「どういうことですか? 彼女は……ケイは火災で亡くなったのではないのですか!?」

 

 困惑しながらも王妃様の口調は強く、ノーマさんも訝しい目を向けている。火災の件を知っているのが窺え、わたしは補足した。

 

「ルアさんは……黒い髪と目の男性がお母さんを斬ったと言ってました……同じ漆黒である魔物を嫌うほど覚えているんです」

 勝手に言っていいのか悩んだのは一瞬。
 息を凝らしたルアさんに、お義兄ちゃんとランさんは顔を顰める。けれどすぐ、目を瞠る王妃様とノーマさんのようにイズさんを見上げた。緊張と動悸が増す中、彼の口が開かれる。

 

「うんにゃ、俺じゃねぇよ」
「ふんきゃ!?」
「てのはウソで」
「「どっちだよ!」」

 

 我慢ならなかったのか、ツッコミの性か、セルジュくんとケルビーさんが地面を叩く。ルアさんからも殺気が溢れ、ついイズさんの服を握ってしまった。反面、他に犯人がいるのか混乱していると、頭上からくすくす笑う声。

「半分正解で、半分ハズレってこと」
「は、半分……?」
「佐久間 蛍を斬ったのは先代のアーポアク王である俺の親父。桃香と同様、滅びを防ぐため、キルヴィスアの生まれた三月三十一日に処刑された」
「っ!?」

 

 声にならない悲鳴と一緒に手を離すが、腰を抱かれた。
 ここが空中だからか、目的がわたしだからか。慌てて起き上がるお義兄ちゃん達を他所に、イズさんは愕然としているルアさんに苦笑する。

 

「本当はもっと早くに処刑するつもりだったらしいが、妨害に遭ったらしくてな……おかげでお前には手を焼いたみたいだぜ。なんたって、ひと泣きで暴発を起こしたんだからな」
「では、お祖母様が聞いた夜泣きのような悲鳴は……青の君?」

 口元を押さえたジュリさんは絶句する。
 同じようにわたしも言葉を失うが、顔を伏せたルアさんの背中。他の人と同じ大きさに戻った青薔薇とは違い、今も残る火傷の痕が事実を物語っていた。

 思い返せば食堂部での火災や怒りで炎を纏ったナナさんを止めた時、彼の“火”に対する反応は強かった気がする。それこそ、封じられているだけで決して消えない。忘れることはできない記憶(トラウマ)の大きさを思い知る。

「なんで……した」

 

 か細い声に、はっと顔を上げる。
 四肢を縛る黒紐の揺れはルアさん自身の震えで、振り絞るように口を開いた。

「なんで……俺は死なず……殺され……なかっ……た」

 悲痛にも聞こえる問いは風音もない、静寂が包む広間には充分すぎるほど届いた。
 金色に輝く髪とは違い、今にも泣きそうな顔。漆黒の目尻からは汗か涙なのかわからない雫が落ち、必死に噛みしめている唇が苦しさを滲ませていた。
 何も知らなかった、さっきまでの自分と同じように。

「なんでそう、悲観的に考えんだ?」

 

 苦笑に、胸を押さえていた手が弱まる。イズさんはどこか困った様子で小首を傾げた。

 

「自分も死んでれば? 今いる意味がわからない? 悪いけど、存在意義を考えたって答えは出ないぜ。この世で一番愚かで、傲慢で、不要とされているのは自分だと自分でわかってるからだ」

 

 鼻で笑う彼に、ルアさんは目を瞠る。
 わたし達も呆気に取られていると、イズさんの口元に弧が描かれた。

 

「それでもここにいる意味を問うなら簡単──誰かの願いだ」

 

 からかいなんてない、優しい声と笑み。
 何より視線の先。わたしと同じ右手の薬指で光る灰青でも彼の持つ鉱物でもない。自身の髪や双眸よりも深い、闇夜の宝石がついた指輪を映す目が嬉しそうで、独り言のように続けた。

 

「いてほしいと、出逢えて良かったと……何人、何十人、過去も今も関係ない。たった一人でも願い、想ってくれたからここにいる。それこそ、桃香を殺させたくないお前らの気持ちと同じように──なっ!」

 

 喋り終える前に、キラさんのショールに囲まれる。
 形を変えた鞭に縛り上げられそうになるが、ギリギリのところでイズさんは上空に逃げた。悲鳴を上げるよりも先に、待ち構えていたケルビーさんとジュリさんが目に入り、同時に剣が振り下ろされる。が、鬼によって阻まれた。
 衝撃からくる突風に顔を伏せると、イズさんはくすくす笑う。

 

「や~ん、俺、良いこと言ってたのに~」
「ええ。ご教授のおかげで目が覚めました」

 

 透き通った声は皮肉にも聞こえた。
 見下ろせば、凍った剣を持つランさんが微笑んでいるが、どこか怖く見える。背後には、黒紐から解放されたルアさんがお義兄ちゃんに支えられ、セルジュくんが捕まる檻の上にはキラさんとナナさん。王妃様とノーマさんの前には溜め息をつくムーさんが立っていた。
 息を荒げるルアさんと目を合わせることなく、お義兄ちゃんは眼鏡を上げる。

「決着をつけるまで死なれては困る。よって貴様も何がなんでも生きて、モモを助けろ」
「グレイさん、お優しくなりましたね」
「やかましい。貴様にもあとでたっぷりと聞きたいことがあるから覚悟しておけ」
「ええ、僕も言いたいことがあります」

 ドス黒い何かを放出するお義兄ちゃんに、ランさんは三割増しの笑顔を返す。咄嗟にルアさんの足が下がるが、気付いたランさんは苦笑した。

「もちろん、義兄さんとも話したいことがありますよ。それこそ家族揃って……ね」

 

 格子に手を入れる妹、叩かれている弟、心配そうに見つめる母。そして、再び義兄へと視線を向けた彼に、ルアさんは一際大きく目を見開く。
 それから何度か思いつめるような表情を見せるが、ぎゅっと瞼を閉じると、震える唇を開いた。

「…………ありがと」

 

 消えてしまいそうなほど小さな声だったが、確かに聞こえたわたしは自然と笑みを零す。と、ルアさんと目が合った。漆黒と青水晶。いつもと違う色。でも知っている、変わらない……はずなのに、自分だけを映す奥に何かが見えた。
 それがお義兄ちゃんとランさんの瞳にもあるのに気付くと、急に全身が熱くなる。

 

「見つめ合ってるとこ悪いんだけどさ……くるぜ?」
「うわあああぁぁーーーーっっ!!!」

 

 ぐっと腰を抱く力が込められると、ケルビーさんの悲鳴が響く。
 我に返れば、静かにしていたはずの魔物が一斉に壁穴を通って入ってきた。なんとかジュリさんと二人食い止めているところをキラさんとナナさんが加勢するが、反対の壁穴からも突入してくる。
 慌ててお義兄ちゃんとランさんも構えるが、突然ルアさんが胸を押さえたまま膝を着いた。

「義兄さん!?」
「っは……なん……っ!」
「抑えられていた魔力というのが解放されたせいだろ。それに魔物(ヤツら)が感化されたのなら……よっし、狙いはルアのようだから、外に吊るし上げて餌にしよう」
「てっめぇ、さっきと言ってること違うぞっ! っ、シエロっ!!」

 見事なツッコミを入れたルアさんの声に、風を纏った剣が勢いよくやってくる。手に収まると同時に魔物が跳びついてくると、ランさんが冷やかに囁いた。

 

「『銀氷結』」

 

 一筋を描くように振り下ろされた剣に、片壁すべての穴が凍りで塞がれた。
 小さな結晶が散る中、ランさんは白い息を吐くが、数秒の間も置かず巨体の魔物がブチ破る。粉々に崩れる氷と音に、ルアさんもお義兄ちゃんも目を見開いた。

 

「上級までいるのか……!?」
「三人共っ、下がって!」

 

 叫んだのは、ムーさん。
 急ぎお義兄ちゃんとランさんはルアさんを支えながら跳び、巨体魔物はオレンジ色の結界に閉じ込められる。それをナナさんの矢が撃ち抜き燃えるが、両手を翳していたムーさんが倒れ込んでしまった。

「緑っ!」

 

 ナナさんの悲鳴に、お義兄ちゃんが『氷水結界』を巡らせるが、いつもよりヒビの入りが早い。連戦を知るわたしは慌ててイズさんの服を握った。

 

「お願いです、助けてください!」
「お前を?」
「みなさんをです!」

 

 コウモリ羽の鬼と一緒に浮遊散歩しながら魔物を避けるイズさんは瞬きする。それでも必死に懇願した。

 

「だって、イズさんもわたしも魔物に食べられたら世界が終わるんでしょ!?」
「悪いけど、喰われる以外にも条件があってな。今のところ俺さえ生きてれば滅ばないんだよ、アンダスタン?」
「そんなあああぁぁ~~っっ!!!」

 

 ちっちっと指を振られ、半泣きで叫ぶ。
 その間にも魔物に押し負けたケルビーさんとジュリさんをキラさんのショールが守るが、キラさん自身も息を荒げ、ナナさんとランさんとお義兄ちゃんは反対からくる魔物で手一杯。
 セルジュくんも必死に檻を壊そうとし、渋々といった様子のノーマさんが地結界で王妃様とムーさんを守る。

 全員が限界なのは目に見てわかる。
 覚束ない足取りのルアさんもまた、必死に剣を振り上げた。

 


『動いたら……殺すよ?』

 


 冷たい声に全員の動きが止まる。
 イズさんですら眉を上げると、溶ける氷、落ちる汗。水となるものすべてが宙に集まり、いくつもの蕾を作る。左右の壁にあったステンドグラスのように伸びた水の茎が、広間にいる魔物。さらに鬼も囲みきった時、くすりと笑う声が聞こえた。

 

『『水蓮華(すいれんげ)』』
「全員、自分だけを守れっ!」

 声を張り上げたのはイズさんだった。
 大輪の蓮が咲いてすぐ頭を押さえ込まれたまま離れると、大爆発が起きる。爆風や悲鳴、さらに本気で倒壊するのではないかと思うほどの崩落音が響くが、物に当たったり煙を吸うことはなかった。
 音が弱まる気配がすると、恐る恐る顔を上げる。

「い、いったい何……」

 

 白い煙に覆われた広間の壁穴は一段と大きくなり、城を囲む大量の魔物が丸見え。天井も抜けそうなほど崩れているが、落ちてくる瓦礫は途中で弾かれていた。イズさんの結界だとわかると振り向く。が。

 

「ふんきゃ!?」

 

 彼を見る前に、背後にいたはずの鬼がいないことに驚く。
 悲鳴は違うものだったし、青い血らしき物も……確かに床には真新しい魔物の死骸があるが、鬼のじゃない。あれだけ巨体で禍々しかった存在が跡形も消えていた。

「や~ん、やっぱ影で創った鬼(ニセモノ)ってバレた?」

 

 耳を疑う話に再び驚くと、イズさんは意地の悪い笑みを浮かべる。
 その双眸は別のところを捉えていて、つられるように視線を移した。風で煙が掃われると全員の姿が確認できるが、険しい表情でイズさんと同じところを凝視している。
 いつの間に入ってきたのか、知らない人が死骸の上で小首を傾げていた。

「わかりますよ……イズ様だし……ボクだし」
「言うね~……で、なんでいんの? スティ」

 

 楽しそうな声とは裏腹に、イズさんの双眸は鋭い。
 同じように藍色の双眸を細めたのは、一七十センチちょっとの細身な男性。

 

 紺色のコートにサッシュベルトと横掛けベルト。
 白のズボンは膝上まである藍色のブーツで隠れ、両肩に留められたマントと肩につくかどうかの髪はルアさんのマントよりも濃い青。
 その顔立ちはこの場にいる人達にも負けないほど整っているイケメン、というより女性寄りの美形さん。

「ヤツはアーポアクの……」

 

 戸惑うお義兄ちゃんを他所に、わたしはジュリさんとナナさんと三人、精巧な彫刻を見ているかのように頬を赤くしていた。すると、美形さんはベルトに引っ掛けていた物を手に取る。小さな黒ウサギのヌイグルミを……ウサギ?

 


「水 滴り朧月夜 黒に染まりて刃(は)よ月を照らせ──解放(リベラツィオーネ)」

 


 透き通っているのに、底冷えするほど冷たい声。
 雲間に隠れた太陽もまた朧気で、黒い靄と水が美形さんを囲う。次第に黒ウサギも六十センチほどの真っ黒な刃、柄頭と繋がった鎖の先に白ウサギを揺らす──刀に変わった。

 誰もが驚きざわつく中、鎖の音を響かせながら両手で構えた美形さんは、鋭い眼差しと一緒に妖しい笑みを浮かべた。

 

「斬っ裂け──月黒刀(ネーロ・ルーナ)」

 殺気を含んだ声と同時に黒い斬撃がわたしとイズさんに向かって放たれる。直前で、ルアさんの剣が防いだ。

「っ……!」
「ルアさん!?」

 

 弾かれた斬撃は四散し、床や魔物の死骸が斬れる。
 反動で下がったルアさんは息を乱しながらも剣を構え、美形さんは眉を顰めた。

 

「何……?」
「てめぇも……モモカ狙いか……?」
「ももか……ああ、“異世界の輝石”のこと?」

 

 不愉快そうに考え込んでいた美形さんの目がわたしに移る。
 突然のことに身体を強張らせるが、輝石と聞いたルアさんは顔を顰め、美形さんはくすりと笑った。

 

「ダーメ……」
「へ?」
「輝石、殺したら怒られる……嫌われる……今のボク、ただの……ピッチャー」
「んきゃ?」

 

 なぜ野球の話がと、ルアさんと二人瞬きすると、ルアさんの肩を踏み台にして跳んだ美形さんが、またわたし達に向かって斬撃を飛ばした。
 慌てるわたしとルアさんとは違い、大剣を取り出したイズさんは楽しそうにバッターの構えをとる。

「こいこいこ~い、ピッチャー返しをお見舞いしてやるな「違いますよ」

 

 宙を舞いながら遮った美形さんは、イズさんの指輪と同じ漆黒の宝石がついたペンダントを握る。それに口付けると、黒い切っ先でわたし達を指した。

 

「イズ様が……ボールで……バッターは……──“ヒナさん”」

 

 艶やかな笑みに、斬撃を弾いたイズさんは大きく目を見開くと、今までにないほど焦った様子で振り向く。いつの間にか七枚のステンドグラスを半分隠すほどの暗闇が広がり、中央に開いた穴の中で誰かが何かを構えるポーズをとっていた。

「むっははは! よくやった、スティ!! ゆくぞっ、ホーームラーーーーンっっ!!!」
「やあああぁぁ~~~~んんっっ!!!」

 

 高らかな笑い声と共に穴から飛び出してきたのは真っ白なハリセン。
 見事なフルスイングが、これまた見事にイズさんの顔面に当たると大きく体勢が崩れた。大剣どころかわたしも放り出され、真っ逆さまに落ちる。

 

「ふんきゃあああぁぁ~~~~っっ!!!」
「モモカっ!」
「モモっ!」
「モモさんっ!」

 

 落下の恐怖に悲鳴を上げると、ガンッと床にぶつかる音。
 幸か不幸か、イズさんと違ってわたしはふんわりと柔らかい、でも汗ばんでいるルアさんの胸に収まった。白い息を吐いているのは、何本も巡らせた糸を凍らせた上に乗っているから。

「モモカ……大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」

 

 しっかりと抱き留めたルアさんは、スケートのように滑って床に着地する。
 慌ててお義兄ちゃんとランさんも駆け寄ってくるが、安堵の息をついたのも束の間。すぐに険しい顔で武器を構えた。振り向けば、氷の上に佇む美形さん。腕には漆黒のローブを頭から被ってる人を抱えているが、ハリセンを持っているのを見るに、先ほどのバッターだとわかる。

 

「いやあ、すまんすまん。私としたことがつい我を忘れ女子を落とし……おおっ!?」

 

 とても元気な声は女性のもの。
 美形さんに下ろしてもらったフードの人は同じように滑って下りてくる。身長は一七十以上あって見上げていると、突然ガバリと抱きしめられた。

 

「ふんきゃ!?」
「ああ~癒される~! 可愛い~!! あ、名はなんと言うんだ!!?」
「モ、モモカですううぅ~~」
「ももかちゃん! 漢字はどれだ!? 果物の“桃”に、お“花”か!!?」
「い、いえ、香り……んきゃ?」

 

 むぎゅりむぎゅと意外と大きな胸に押し潰され、わけがわからず答えていたが、ふと違和感に気付く。再び見上げると、腰を上げたフードの人は優しそうな笑みを浮かべた。
 そこに、訝しい目で見つめるルアさんとランさんを遮ったお義兄ちゃんが深々とお辞儀する。

「わざわざご足労いただき、申し訳ない」
「あっははは、元はといえばウチのバカ王のせいだから気にするな。しっかし、急いでも五日かかるとは、飛行機なら余裕で海外旅行できるぞ……バカンスならハワイとかバリ島がいいな」

 懐かしい乗り物と地名をすんなりと口に出され、胸が高鳴る。
 身体を熱くさせながら見上げていると、女性は気付いたように頭のフードを脱いだ。

「うむ、自己紹介がまだだったな。私の名はヒナタ。日本名は魚住(うおずみ) 陽菜多」

 後ろで無造作に結われたお団子の髪も瞳もイズさんと変わらない綺麗な漆黒。
 お義兄ちゃんとキラさん以外は驚いたように目を瞠るが、懐かしい故郷の名に、わたしは涙を浮かべ、女性は太陽のように微笑んだ。


「桃香ちゃんと同じ────異世界人だ」

/ 本編 /
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