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72話*「お供え物」

 塞いでいたモノ達が一掃され『王の間』に光が戻る。
 大理石を染める色が青ではなく濁った青緑だったことよりも、本物の青を背負う人が持つ物に目が離せないでいた。射し込む光で琥珀の髪が金色にも見える彼の手には一本の鍵。それはスカートのポケットから取り出した物と同じ、薔薇園の鍵。

 

 視線が腰を抱くお義兄ちゃんに向くと、察したように懐から同じ鍵を取り出す。世に三本しかない鍵を。つまり、ルアさんが持っているのは。

「私が持っていた鍵だな」

 

 認めるように、一息ついたノーマさんが答える。
 それだけで鍵を持つ手が震えるが、なぜルアさんが持っているのか。そんな疑問に答えてくれたのは、呼吸が落ち着いてきたセルジュくんだった。

 

「宰相室の……ゴミ箱に入ってた」

 

 言い難そうに教えてくれた彼に大きく目を見開く。
 同時にルアさんと二人、宰相室で屈み込んでいたことを思い出すと目を伏せた。あれがゴミ箱で、鍵が入っていたと言うのなら棄てたのはノーマさん自身。
 本当にいらないと言われているようなものだった。

「そんなに……薔薇園が……わたし達が……悪いことしましたか……?」

 

 震える身体をお義兄ちゃんに支えられながら零した呟き。
 無意識にわたし“達”と言ったのは、養親と佐久間 蛍さんのことを含んでいるのかもしれない。静かになる中、ノーマさんではなく、背中を向けるルアさんの声が届いた。

「真意がどうであれ……こいつが本当に薔薇園を潰したかったのは本当だろ」
「なぜ言い切れる?」

 

 眉を上げたお義兄ちゃんの問いに、ケルビーさんと対峙した時のように断言したルアさんは振り向く。けれど、青水晶の瞳はわたし達ではなく、自身の持つ物と同じ鍵を見ていた。

「音が……しなかった……監査の時」

 目を逸らした彼に、わたしとお義兄ちゃんは息を呑む。
 魔力がないわたしのために扉とは別に結界をお義兄ちゃんが、そして、ルアさんが引き継ぐように魔物や泥棒から守るために張ってくれた。前者は消防車のようなサイレンを鳴らすが、後者は張った本人にしか聞こえない。だからこそルアさんはケルビーさんが入ったのに気付いた。彼が庭園を燃やすことに罪悪感があったから。

 そんな心を魔法という力は見透かす。
 でも、監査に……否。それ以外でも何度も足を入れていたノーマさんに鳴ったとは聞いたことはない。薔薇が嫌いと言ってなかったから当て嵌らないのかとも思うが、背中を向けたルアさんは続けた。

「結界を防ぐ術(すべ)は……術者より魔力が高いこと……ノーマは俺と同じぐらいだけど……壊すなら傍にいるナナが気付くはずだ。なら……心の底から願っていたことになる」
「え?」

 聞き返すように彼の背中を凝視するが、答えたのは両手の指を動かすお義兄ちゃん。

 

「この世界は強い願い……真実(ほんとう)にしたい願いを持つ者に大きな力を与える。善し悪し関係なくな」
「一説じゃ、一人の憎悪が街を潰したって云われてるよな」
「迷いも罪悪感もない心は……結界でも見抜けない……それがそいつの本音だから」

 

 続くように語るセルジュくんとルアさんに、わたしは言葉を失う。
 以前ルアさんに教えられた伝説のような神頼みのようなものが本当に叶うのはもちろん、一番はノーマさんの本音が“それ”だという可能性。
 身体を震わせながら壇上に立つ彼を見上げると、その口が静かに動いた。

「……モモカ、お前ならわかるだろ?」
「え……?」
「この──黒薔薇の意味が」

 

 七枚のステンドグラスから注がれる逆光の中、広げられる両手には漆黒の薔薇が描かれている。土壌などの関係でわたしは本物を育てたことはないが、養親がいた頃に見たことがある黒薔薇。
 そして、教えられた意味に喉を鳴らすと、震える口を開いた。

「花言葉は……憎しみ」

 

 三人の目が細められるのとは反対に、ノーマさんは満足そうに微笑む。
 同時に彼の背中に見える黒い何かも大きくなり、お線香の臭いも強くなった。鼻を押さえるわたし達とは違い、ノーマさんは悠々と片手を挙げる。それが合図のように床から数百の魔物が飛び出し、また広間を黒に染めていく。

 

「シエロっ! 赤(ロッホ)、黄(アマリージョ)、炎竜!!!」

 ルアさんの大声に、上空を飛んでいた鳥らしきものが赤と金色に光る。
 渦を巻く炎の剣が閃光を放つように振り下ろされると、広間を覆いはじめていた魔物は一瞬で焼き尽くされた。けれどすぐに新しいのが生まれ、キリがないことにルアさんは舌打ちする。
 そこにノーマさんの呟きのようなものが耳に届いた。

「あの日から闇に蝕まれていたとしても、まだ少なからず躊躇いはあったんだ……そう、誕生式典までは」
「え?」

 

 耳を疑っていると、黒い何かが彼の憎悪を表すように大きくなる。肌には静電気のような痛みが伝わり、お義兄ちゃんとセルジュくんも身構えた。その身体は僅かに揺れていて、ルアさんの目も鋭くなる。
 一息ついたノーマさんは黒のブローチを握ると、深緑の瞳を細めた。

 


「黒雨(こくう) 乱菊咲き撓(お)り 記憶(メモリア)を巡れ──解放(リベルタ)」

 


 彼の足元に描かれる大きな黒い円と薔薇の光に、全員の目が大きく見開かれた。
 背中から出ていた黒い何かがノーマさんを包み、余波がわたし達にも降りかかる。それは吐き気を覚えるほど気持ち悪いもので、意識を失うようにセルジュくんが倒れてしまった。

 

「セルジュくん!」
「っ、シエロっ! 青(アスール)、緑(ベルデ)!! 風竜!!!」

 

 辛そうに身を屈めるルアさんの大声に上空の鳥さんは青緑色に光り、突風を巻き起こす。けれど、密閉された空間では臭いを逃がすこともできず、いっそう充満した。
 わたしは両手で口元を押さえたまま叫ぶ。

 

「ル、ルアさん! 先にこの臭いを……窓を壊してください!!」

 

 『王の間』でなんて不良行為と思ったのは一瞬。
 異臭から腐臭に変わったわたしとは違い、無数の汗を流す三人には毒のように思えた。臭いを堪えるように両手で剣を握ったルアさんは窓を見る。

「させると思ってるのか?」

 

 重苦しい命令に魔物達が窓を塞いでいくと、数百匹がルアさんに襲いかかる。舌打ちしながらそれらを斬る彼だったが、積み重なる魔物に埋まってしまった。

 

「ルアさんっ!」
「モモっ、少し我慢しろっ!」

 

 駆け出そうとした時、お義兄ちゃんにお腹を抱かれ、大きく後ろへジャンプする。ふわり浮く感覚にゾワリとしたものが背筋を走るが、空いた手を握りしめたお義兄ちゃんは勢いよく腕を引いた。
 瞬間、積み重なっていた魔物が細切れになり、青緑の飛沫をかぶったルアさんが姿を現す。

 

 剣を振り上げた彼は残りの魔物を斬り、床に倒れるセルジュくんを抱えると、わたし達の元まで下がる。膝を折った彼は息を荒げながらお義兄ちゃんを見上げた。

 

「巡らせんの……遅ぇよ……」
「やかましい。貴様こそ少エネで勝てると思ってるなら相当ドアホだぞ」

 

 二人は元気そうに睨み合うが、額から出る汗と呼吸の荒さは増していて、無理をしているのがわかる。セルジュくんも僅かに瞼を開いているといっても、いつトゥランダさんと同じようになるかわからない。

 

「は、早く窓か出入口を……」
「そうしたいけど……今の魔力残量でシエロを完全に『解放』する方がヤバい……グレイは?」
「いけなくはないが、ヤツの“あれ”を見極めるまでは控えたいところだ」

 

 青緑の液体を袖で拭いながら立ち上がるルアさん。そして、眼鏡を上げたお義兄ちゃんの目は鋭くなる。視線を追うように天井を見上げれば、鳥さんは消えていた。けれど、壇上に佇むノーマさんの右腕には黒い炎のようなものが渦を巻いている。背後には、七枚のステンドグラスを半分隠すほど大きく、ポタポタと黒い雫を落とす──本。
 

「な、なんですかあれ?」
「本……っだ!」
「そんなの見ればわかる。しかし、あれが『解放』だというのか?」

 

 ルアさんの背中を蹴ったお義兄ちゃんは異質な存在である本を凝視する。
 確かに描かれる円も薔薇も、昨日から立て続けに見てきた『解放』と同じだった。でも動物ではないし、団長さん達にしか使えないはず。

「兄上の他に……創造できるヤツ……いたのか」

 

 息を荒げながら震える身体を起こしたセルジュくんも鋭い目を向ける。その目を受けるノーマさんは瞼を閉じたまま口を開いた。

 

「第七章、闇の帳主は決意の書を送る」

 

 静かな声に、本がバラリと音を鳴らしながら大きく開かれる。
 その中身も真っ黒だが、白い文字が綴られはじめた。読めないことにもどかしさを感じていると深緑の瞳に囚われる。光を失ったかのような瞳に。

 

「誕生式典で、モモカ。お前が現れたことで私はこの事態を起こそうと決意した」
「え!?」

 

 やっぱりこの間の式典のことなのかと驚くよりも、なぜ決意させることになったのか困惑する。ノーマさんの右手がゆっくりと上げられた。

「もう薔薇だけではどうにもならない。全部を沈めようと、な──開始(プリンシピオ)」

 高く上げられる手に、光を放つ本の中から黒い紐のようなものが数百本出てくる。同様に魔物達も襲いかかってきた。

 

「グレイっ!」
「わかっている!」

 

 お義兄ちゃんはわたしを、ルアさんはセルジュくんのお腹を抱えると、左右に分かれるようにジャンプした。魔物と紐も綺麗に弧を描くように分かれ、ルアさんはそれらを容赦なく斬る。でも、騎士である彼と武器を持つセルジュくんとは違い、わたしとお義兄ちゃんは丸腰。

「おおおお義兄ちゃん、わたし達は!?」
「『水氷結界』」

 

 慌てるわたしとは違い、冷静な声が氷の壁を作る。
 宙を跳んでいるせいもあり、固まったように目先でぶつかる紐を見つめていると、急に頭を下げられた。直後、頭上で魔物の悲鳴が響き渡り、着地した大理石がいっそう青緑に染まる。紐どころか魔物も消えていることに顔を上げると、お義兄ちゃんはなんでもない様子で眼鏡を上げていた。

「お義兄ちゃん……騎士様だったんですか?」
「いや?」
「「ウソつけーーっっ!!!」」

 

 向かいに着地したルアさん義兄弟が何か叫んでいるが、まだまだ迫ってくる魔物と紐から逃げるのが先だった。お義兄ちゃんに抱えられたまま壇上に目を移すと、ノーマさんの口元に笑みがあるのに気付く。
 それがとても冷たく見えたせいか、必死に誕生式典の日を思い返す。

 

「えっと、変なものに呑み込まれて広間に現れて……あ、王様に薔薇を手渡したことでしょうか! それとも貴族の人達からの苦情書!?」
「そんなので恨まれてはたまったものではないぞ!」

 

 大声で思い返していたわたしに、お義兄ちゃんのツッコミが入る。
 その額からは汗が流れ、走る足もどこか鈍い。慌てて降ろしてもらおうとしたが、先にノーマさんの口が開いた。

 

「第六章、真相嗅ぎつけし薔薇と夫妻」

 

 わたし達どころかルアさん達も壇上を凝視した。
 白い文字で埋め尽くされたページは新しいページを捲り、また綴りだす。氷の壁で魔物を塞ぐお義兄ちゃんに代わって叫んだ。

 

「夫婦って、お義父さん達のことですか!?」

 今回の件で夫婦と言えば養親しか浮かばない。
 ずっと病死だと思っていた二人が毒殺だった事実。当然ジュリさんから聞いたもので、本当にノーマさんがしたのかはわからない。違うかもしれない。そんな僅かな希望に返ってきたのは微笑だった。

 

「あの件を知る者を生かしておくわけにはいかないからな。特に許しを得、薔薇を育てていた夫婦は」
「っ、クエレブレ!」

 

 裏切る言葉に、お義兄ちゃんの怒声と一緒に水柱が立ち昇る。
 中から現れたのは巨大なシロヘビで、勢いよくノーマさんに突っ込んだ。大きな音と揺れに驚くように降りると、立ち止まった義兄を見上げる。その顔つきは苦虫を噛み潰したように壇上を睨んでいた。

 

「両親が何を知っていたかは知らない……だが、それだけで殺したというのか!?」

 

 今まで抑えていた感情を吐き出すかのような声が響き渡る。
 その身体が震えているのは抱きしめる腕からも伝わるが、白煙を上げる場所からは、くすくすと笑う声が聞こえた。

「誰にも知られたくないことはある。それを阻止するには消した方が楽じゃないか。本当は料理長も消したかったんだが、運良く庇護されてな……虫唾が走る」

 冷たい声よりも、白煙が晴れた先に目を瞠った。
 本の中から飛び出すように出てきた巨大で真っ黒な左手がシロヘビさんの頭を掴み、動きを止めている。シロヘビさんは必死に進もうと小さな両翼を羽ばたかせるが、尻尾が揺れるだけで頭はピクリとも動かない。

 

 その影に覆われたノーマさんの左手に合わせるように、呆然と立ち尽くすわたし達に向かってシロヘビさんが放り投げられた。迫る白い鱗に足が動かない。

 

「動けっ、シスコン!」
「吊るし上げるぞ!」

 

 反射のように叫び返したお義兄ちゃんはわたしを抱え直すとシロヘビさんを避ける。
 着地点にいた魔物はルアさんとセルジュくんが斬り、シロヘビさんはステンドグラスにぶつかった。剣を支えに膝を折ったルアさんとセルジュくんは息を荒げながらわたし達を見上げる。

 

「相棒に……潰されるとか……シャレになんねぇぞ……無駄な魔力も使いやがって……」
「やかましい……っ」
「つーか……さすがに父上の間は……頑丈だな」

 気力だけで保っているように見えるセルジュくんの声に振り向けば、既にシロヘビさんの姿はない。でも、あれだけの衝撃があったにも関わらず、ステンドグラスにはヒビが入るだけだった。そのヒビを覆い隠すように魔物達が積み重なり、密閉空間に戻る。
 濃くなる腐臭に三人の顔から生気が失われていくのを感じ、壇上に向かって声を張り上げた。

「やめてくださいノーマさん! これじゃ本当にみなさんが死んじゃいます!!」
「ああ、早く逝ってくれ」

 

 平然と返ってきた非情な言葉に、わたしどころか三人も言葉を失う。
 蜂蜜の髪を掻きながら、彼はどこか面倒そうに天井を見上げた。

 

「正直、誤算が多くあってな。早くお前達を始末して次に行きたいんだ」
「そ、そんな、ついで扱いしないでください!」
「ははは、安心しろ。あとで遺体と一緒に薔薇と線香を供えてやるから」
「そんなので成仏できるわけないじゃないですか! ていうか、五十三階の部屋にお供えしてたのってノーマさんですか!?」

 同じお供え物を思い出しての抗議だったが、突然ノーマさんの口元から笑みが消える。呆れていた様子のルアさん達は眉を顰めるが、わたしは構わず続けた。

 

「あんな大量の造花に変な臭いのお線香をお供えするなんて仏様に失礼ですよ! 罰が当たり「モモカ」

 

 重苦しい呼び声に言葉が詰まる。
 何より、わたしを見下ろすノーマさんは眉を吊り上げ、怒気を含んだ目を向けていた。押し殺したような声が届く。

 

「お前……あの部屋に……いや……それ以前に、どうやって見つけた?」

 

 握り拳を作った彼の両手は小刻みに震えている。
 いったい今度はなんのことなのか困惑していると、唇を噛みしめたノーマさんは左手を振り上げた。それを合図に本の中から数百の黒紐が現れ、ルアさん達が慌てて立ち上がる。
 けれど、背後から魔物の体当たりを受け、武器が床に転がった。

 

「しまっ!」
「くっ!」
「うわっ!」
「ふんきゃ!」

 

 武器に手を伸ばすよりも先に紐が全身に絡みつき、四人とも身動きが取れなくなる。締めつけられる苦しさの中、ノーマさんの溜め息が聞こえた。

 

「まったく、予定が狂いっぱなしだ。ヤツもすぐに送ってやるから、先に逝っとけ」
「ヤ……ツっあああ゛!」

 

 笑顔で手を握りしめた彼に、黒紐が喉を締めつける。
 遠くなる意識は奈落に墜ちた時とは違う、徐々に近付いてくる“死”を実感させた。それを加速させるように、走馬灯のような記憶が流れる。

 本当の両親、違う世界でも大切な養親、お義兄ちゃん、ルアさん、セルジュくん、団長さん達。嫌なのに、流れていくのが止まらない。わたしはこんなところで死ぬのか、何もわからず何もできず死んでしまうのか。
 ただ悔し涙が零れ、嫌だ嫌だと必死にどこかで叫んだ。

 

 記憶が流れ終わると、両脇に行灯が並んだ路が続く。
 地獄への路だろうかと進んだ先には黒い玉座。そこには閻魔大王様なのか誰かが座り、笑みを浮かべている。肘をついたその人は上を指した。

 

「う……え……」

 

 最期抗うかのように重い瞼を開くと、蔓が描かれたステンドグラスが映る。
 射し込む日の光に天国と錯覚するが、間違いだと言うようにグラスにヒビが入り、大きな声が聞こえた。


 

「『炎竜火』!!!」
「『水龍覇』!!!」
「『地竜土(じりゅうど)』!!!」


 冥界から引き戻すかのように、左右のステンドグラスが一斉に割れた。
 同時に、赤、水、茶色をした巨大な竜が入ってくると、無数にも増えていた魔物達と腐臭を一掃していく。ノーマさんも慌てるように身を隠し、わたし達を締めあげていた紐も切れた。

 

「ふんきゃっ!」
「モモカ、頭下げて!」
「ふんぎゃっ!」

 

 新鮮な空気に喜んでいたのに、ルアさんに抱きしめられ、床に転がる。直後、ガシャンガシャンとガラスが割れる音がした。見れば先ほどまでいた場所にガラスが散乱し、助けられたのだと知る。

 

「あああありがとうございます!」
「うん……まあそれは……あいつらに言うべきかな」

 

 苦笑しながら上体を起こしたルアさんに、わたしも起き上がる。
 傍にはセルジュくんを床に押し付けたお義兄ちゃんが不愉快そうに睨んでいるが、それは天井に向けられていた。すると、わたし達の上を跨ぐ影と着地する音。


 左右から流れる風に煽られるように揺れる三色のマントが目先に並ぶ。

 炎のように赤く、太陽のように光る橙。そして、それらに負けない気品ある紫。その背に描かれた竜と薔薇はボロボロになっている。なのに、聞こえてくる声は変わらない。


「あーあ、窓破壊とか不良なことしちまったぜ。オレ様、真面目なのによ」
「あら、わたくしの隣にはクズ男しかいませんわね」
「あっははは、弁償になったら全員でステンドグラス作りをすればいいさ」


 切なさや苦しさなど微塵も感じられない声はとても楽しそうで、目尻からはポツリポツリと涙が落ちる。本当に冥界ではないのか確かめるようにわたしは口を開いた。

 


「キラさ…ん……ケルビーさん……ジュリ……さん……」

 


 情けない声を出してしまったが、応えるように三人は振り向いてくれた。
 変わらない、いつもの笑顔で────。

/ 本編 /
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