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53話*「危険な人」

 胸元で光る青薔薇のネックレス。
 同じ薔薇を背負う人はフルオライトに一人しかいない。青薔薇騎士の称号を持つルアさんしか。

「ルンルンか……確かにアイツなら一番の戦力になるよな」
「これだけの数の魔物を彼が許すとは思えないので、まだ捕まってる可能性が高いですね」
「けど、地下牢にはいなかったスよ」

 

 考え込む三人と同じように、わたしも青薔薇のネックレスを見つめる。
 一週間会っていないルアさん。燃える薔薇園の空に佇み、哀しそうな表情で血を流していた。ナナさんに聞いても『別室』としか教えてもらえなかったし……生きてますよね?

 

 嫌な動悸にネックレスを握りしめると、髪の毛に隠れていたフクちゃんが顔を出す。その瞳は青。けれど、よく見たらナナさんの青よりも透明度が高い水晶に青みが掛かった色。ルアさんと同じ青水晶だと気付く。
 その瞳に目が離せないでいると、小さな嘴をわたしの頬に付け、飛び立った。

 

「フクちゃん!?」
「「「ふくちゃん?」」」

 

 顔を上げた三人の声がハモるが、わたしは既に走り出していた。

 

「ちょ、モンモン! 勝手に動くな!!」
「だ、だってフクちゃんが……まだ小さいのに、一人で行かせたら魔物に食べられちゃいますよ!」
「つーか、ふくちゃんって誰だよ!?」
「シロフクロウのフクちゃんです!」

 

 走りながら真っ白な羽を広げたフクちゃんを指す。
 すると、点目だった三人の瞳は徐々に大きく見開かれ、一斉にわたし達を追い駆けるように走り出した。ものの数秒で並んだ三人に驚く。

 

「あ、あのー……」
「早く言えよ! メルス、間違いねーよな!?」
「はいっス! 若干サイズは小さいっスけど間違いないっス!!」
「“彼”を追えば、もしかしたら……」

 

 わからない会話に疑問符が増えるばかり。フクちゃんってアイドルだったんですかね? というかオス?
 考えながら東の廊下を走っていると、また真っ黒なカマキリ数十匹が現れた。けど。

 

「「「退けーーーーっっっ!!!」」」

 

 即行で剣を抜いた三人に始末され、道が開かれた。なんかもう、ルアさんいなくていい気がしてきました。アイドル効果怖いです。
 

 そんなおっかけ気分を味わっていたわたしの目に枯れた蔓と焦げた跡が映ると、行き慣れた道に動悸が激しくなる。だって、このまま行くと……フクちゃんが目指す先には。

 同じように気付いたのか、先頭を走る三人は慌てて急ブレーキをかける。フクちゃんは扉のない外へ出て行ったが、三人はその先を見せまいと通せん坊するように両手を広げた。

 

「モンモン、悪い……そんなつもりはなかったんだけどよ……」
「俺らの勘違いだったかもしれないっス!」
「騎士とあろうものが間違うとは……」

 しどろもどろな言葉と、目を右往左往させる姿に心遣いを感じる。
 けれど、震える足は前へ進み、三人の前で立ち止まると、広げる両手の間から見える外を見つめた。規制線のテープだけが張られた先は薄暗く、冷たい風と共に葉が吹き通る。

 胸元で両手を握りしめるわたしに三人は躊躇うように顔を見合わせると、しばしの間を置きながらも広げていた両手とテープを剥がし、中へ入れてくれた。

 

 いつもの服にリュックを背負い、いつもと同じように足を進める。
 人の気配に灯りが点り、鍵も扉もない先で迎えるのは焦げたアーチ。梁には同じように真っ黒となった蔓が絡まり、地面には花弁なのか炭なのかわからないもの。アーチが終わっても遮る物は何もなく、城を囲う城壁しかない。ただ空漠とした焼け野原が広がっていた。

 でも、僅かに色を残した花弁。何より毎日通っていた足と身体と目が覚えている。
 

 “ここ”は──『薔薇庭園』だと。

 

 何度も黒煙を上げ、燃える薔薇を夢で視た。それは嘘ではなかった。本当に本当になくなってしまったのだと悲しさが広がる一方で、震える身体を抱きしめながら現実を受け入れはじめる。

「モンモン……」

 

 控えめな呼びかけに目尻から零れていた涙を袖口で拭い、振り向く。セルジュくんもメルスさんもヘディさんも悲愴な面持ちで見ていて、必死に笑みを作った。

「大丈夫です……またはじめればいいですから……許可下りなくてもまた……咲かせま……あ、それよりフクちゃんですね!」

 

 えへへと小さく笑いながら背を向ける。また零れる涙を隠すように。
 そう、二年間頑張ってきた。わからないことばかりの最初とは違って今はどうすれば咲かすことができるかわかる。また、一からはじめて心配してくれたみなさんに見せよう。セルジュくん達、団長さん達、キラさん、お義兄ちゃん……ルアさんに。

 そう心に決め、飛び立ったフクちゃんを捜していると、瓦礫の残るチビ塔『福音の塔』辺りで音が聞こえる。大きな瓦礫を四人で退けると、ただの地面。けれど、デコボコと波を打つように動く地面からボッコリと豹柄入りオレンジのスカーフを巻いた生き物が顔を出した。

「森山さん!」
「「え?」」

 

 素っ頓狂な声を上げたのはセルジュくんとメルスさんで、面識があるヘディさんは会釈する。膝を折り、小さな両手を握る相手は火災の日に西庭園まできてくれたモグラの森山さん。無事だったことに安堵の息と、会えたことを喜ぶ。

 

「森山さん、森山さん!」
「森山様、ご無事で何よりです」
「コイツら……頭大丈夫か?」
「俺らにはわからないのがあるんスよ。きっと……」

 

 若干引き気味の二人を余所に、森山さんはまたわたしの手を小さく叩くと土の中に潜り、ある箇所に出てくると土を叩く。小さな瓦礫があるだけの何もない地面に見えるが、前回の森山さんの行動から意味がありそうで考え込む。森山さん、土の中、『福音の塔』、下……地下。

「そう言えば……ジュリさんが『福音の塔』は地下も持ち合わせてるって言ってたような」
「そこにルンルンがいるのか!?」

 口を挟んだセルジュくんに森山さんは大きく頷き、全員で顔を見合わせる。
 わたしがはじめて塔を見た時は既に地下へ続く入口はなかった。そんなあるかもわからない場所に捜し人がいるのかもわからず、片膝を付いたヘディさんが土を触る。

「触った感じは特に……『精地察』を使えばわかるかもしれませんが……」
「あれは下級魔法だからな……しゃーね、穴開けてみるか。悪いけど、ヘディディンは後ろ頼む」
「承知しました」

 

 立ち上がったヘディさんは腰に掛けた柄を握ると数度回転させ、縮んでいた薙刀を伸ばす。気付けば後ろと上空には数十以上の魔物が囲んでいた。
 

 慌てるわたしをメルスさんが抱え、森山さんも離れると、ヘディさんは薙刀を大きく振りながら魔物に斬りかかる。青い液体と悲鳴が混じる中、大きく息を吸ったセルジュくんが勢いよく拳を地面に放った。

 

「『陥地没(かんじっぼつ)』!!!」

 声と共に、地面に直径一メートル半ほどの金色の円と光が輝く。その眩しさと地響きに瞼を閉じた。

 


「ホントにいたーーーーっっ!!!」


 

 光がやむと同時に聞こえた大声に瞼を開く。
 いつの間にか地面には一メートル半ほどの穴が切り取られたかのように開き、セルジュくんが覗き込んでいる。慌ててメルスさんと駆け寄り、同じように覗き込んだ数メートル先には空洞が広がっていた。


 薄暗い世界を庭園に点った灯りが僅かに射し込むと、地面に横たわる人が映る。

 見慣れた白のコートとシャツは最後会った時のように赤い血と土で汚れ、黒のズボンに裸足。けれど、射し込む光に輝く髪は確かに琥珀。

「ルアさん!!!」

 

 慌てて穴の中に跳び込むわたしに、セルジュくんが手を伸ばす。

 

「モンモン! お前、高所恐怖症じゃ!?」
「ふ……んきゃ~~~~!!!!」

 

 ハタっと思い出すが時既に遅し。
 何階の高さかもわからず身体は恐怖で硬直し、悲鳴を木霊させながら真っ逆さまに落ちた。

 


「げふほっ!!!」

 


 見事にルアさんのお腹に直撃! 100点満点!! 悲鳴が上がったってことは生きてますね!!!

 

『とどめを刺すなよーーーーっっ!!!』
「ご、ごめんなしゃ……いだい……」

 

 木霊するセルジュくんの声に涙を零しながらジンジン痛む頭を抱える。さ、さすがに怖かったです。痛かったです。ルアさんありがとうございます。
 感謝すると下敷きにしてしまったルアさんを見るが、俯けでお腹を押さえたまま『チーン』と仏壇の鈴が鳴ってもいい程のピクピクとした動き。一瞬で血の気が引いた。

「ルルルルアさん! ごめんなさい!! しっかりしてください!!!」
「げほっげほっ!」

 

 咳き込む彼の肩に手を当て、身体を横にする。
 わたしの顔が真っ赤になるのは、シャツのボタンは全部開かれ、血が付いていながらも引き締まった胸板が露になっていたから。

 一人ワタワタ、ついでに拝んでいると、ガシャッと何かの音に気付く。
 よく見ると、ルアさんの手足には枷が付けられ、両方とも長い鎖が地面に打たれた杭で繋がっている。綺麗に着地を決めたセルジュくんは鎖を握ると眉を顰めた。

「……魔力封じ専用の鎖だな。これのせいで感知できなかったのか」
「だ、大丈夫なんですか?」
「手足とも付けられておきながらトゥランダみたいに消えてねーのが、すげーとこだよな。つーか、なんでこんなとこに……おい、ルンルン!」

 膝を折ったセルジュくんはルアさんの肩を揺らす。咳き込んでいた彼の瞳が僅かに開れ、フクちゃんと同じ青水晶の色を見せた。

 

「モモ……カ……」
「は、はい! モモカです!!」

 

 零れた声にビクリと身体が揺れる。
 会いたいと、聞きたいと思っていた姿と声でも、いざとなったら緊張してしまう。ゆっくり上体を起こすルアさんは息を荒げながら虚ろな瞳でわたしを見つめるが、わたしは顔を合わせることができず沈黙が続く。

「お見合いかよ……」
「セルジュアート様っ!」

 

 小さなセルジュくんのツッコミと共にメルスさんが下りてくると、彼もルアさんの鎖に目を見開く。慌てて剣で鎖を切ろうとするが魔法らしいものに弾かれてしまった。そこでわたしはリュックからペンチを取り出す。

 

 数秒沈黙後、受け取ったメルスさんがガチガチ。鎖が切れた。
 次に手足のは十字ねじ回しタイプのようなのでドライバーを取り出す。数秒沈黙後、受け取ったセルジュくんが力いっぱいキュルキュル回す。手枷と足枷が外れた。

「すっげー! 庭師道具すっげー!!」
「アナログ最強っスね!!!」
「ふんきゃ、お役に立てました!」

 

 三人バンザーイしてると、ルアさんは両手をグーパーさせながら立ち上がる。その静かな行動に三度沈黙が訪れると、青水晶の瞳を細めたままわたし達の元へ足を進めた。

 

「ル、ルアさん……?」
「ど、どした……?」
「フロー……ライト団長?」

 

 重い空気に身体が震えはじめると、ルアさんはわたしに手を伸ばす。
 その眼差しは“怖い”方で、嫌な音が鳴る動悸に瞼を閉じた。瞬間、抱きしめられる。

「ふんきゃ……?」
「頭……下げてろ」

 

 固い胸板と腕に包まれる中、低い声を落としたルアさんはセルジュくんの腰に掛かっていたレイピアを抜く。同時に響く甲高い声。

 

 振り向くと、穴を通ってきた一匹の真っ黒なカマキリの胸をレイピアで突き、そのまま大きく腕を振る。身を屈めたセルジュくんとメルスさんの頭上を飛んだ魔物は壁に叩きつけられ、さらにもう一匹下りてくるとわたしを抱えたまま今度は右足を回す。
 見事カマキリの横腹に足が当たると、先ほどのカマキリと同じ場所に叩きつけられ、二匹同時に頭をレイピアで貫かれた。

 

 甲高い悲鳴に青い飛沫が壁に散り、魔物は崩れるように地面に落ちる。
 呆然とするわたし達とは反対にレイピアを引っこ抜き、青い液体を振り払ったルアさんは溜め息をついた。


「なんか……すっげぇデンジャラスな国になってるな……」

 


 淡々とした声に顔を青褪めたわたし達は同じことを思ったことでしょう。
 貴方が一番────“危険な人(デンジャラス)”だと。

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