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42話*「本数」

 空がオレンジ色に変わり、閉園時間になった頃。
 魔物のような恐ろしさを見せたルアさんに負けたケルビーさんが復活するが、今度は睨み合いをはじめた。

「くっそ青薔薇……マジで燃えっ斬るぞ」
「てめぇごときが俺に勝てると思ってんのか? 散らすぞ」
「ケケケケルビーさん! お土産に薔薇どうぞ!!」

 

 慌てて二人の間に割り込むと、和紙で包んだ十一本の赤薔薇をケルビーさんに手渡す。二人は瞬きした。

「「なぜその数……?」」
「んきゃ? あ、薔薇は色の他に本数によっても花言葉が違うんですよ」

 

 一本は一目惚れ、三本は告白、七本は密かな愛、十一本は最愛、九十九本は永遠の愛、百八本は結婚してくださいなど素敵な言葉があります。

 

「さすがに九十本以上は無理ですが、ぜひ最愛のジュリさんにプレゼンっ!?」

 

 途中で言葉が切れたのは、薔薇を受け取ったケルビーさんがいつの日かと同じように泣いていたから。前回同様ボロボロと涙を落とすケルビーさんにルアさんは後退り、休んでいたセルジュくん、傷だらけで寝転がったメルスさん、介抱していたトゥランダさん、顔を覗かせたヘディさんは顔を青褪めた。
 わたしも戸惑うが、また頭を掴まれると大きく回される。

 

「ガキ~~! ホントお前ってヤツはあああぁぁーーーーっっ!!」
「ふんきゃあああぁ~~~~!!!」
「お、おい、ケルルン……その辺で……あ」
「がはっ!」

 

 セルジュくんの制止よりも先にケルビーさんが悲鳴を上げた。
 同時に手を離され、ぐ~るぐる~と回るわたしを支えてくれたのはルアさん。そんな彼が剣の柄部分でケルビーさんの背中を突っ撥ねたようです。
 背中を押さえるケルビーさんは睨むが、薔薇を見ると満面の笑みに変わり、ルアさんが怯え
た様子でわたしを抱きしめた。

 

「怖い……ジュリに散らせって言っとこ……」
「ルアさ~ん~それは~ひどいです~」

 耳元で聞こえた呟きに、目を回しながらツッコむ。
 でも、ジュリさんも似たようなことを言ってたような気がしていると、ケルビーさんに頭を撫でられた。それはもう嬉しそうに。

「サンキューな、ガキ」

 

 それだけで充分彼がジュリさんを大事にしているのが伝わり、わたしも笑顔になる。周りも一息つくと、ケルビーさんはセルジュくんとメルスさんを見た。

「そういや最近ムーランド見ねぇけど、どうしてる?」
「あ、団長なら研究室に篭ってるっス」
「そうか……アンニャローも篭ると飯忘れるからな。しゃーね、持ってくか」

 

 大きな溜め息をついたケルビーさんが六人分のトレイとお皿を重ねると、メルスさんも頭を押さえながら起き上がる。ルアさんの攻撃から身を挺してセルジュくんを護った彼とケルビーさんの会話に疑問符が浮かんでいると、察したようにトゥランダさんが教えてくれた。

「メルスは緑薔薇部隊の一隊長なんですよ」
「騎士様だったんですか!?」
「はいっス。よく追い駆けてる人と間違われるんスけど、一応護衛なんス」
「オレもたまに忘れる。トゥランダは政治部教育課だっけ?」
「はい。できの悪い生徒(セルジュアートさま)に困っています」


 丸眼鏡を上げながら溜め息をつくトゥランダさんにセルジュくんは目を逸らした。
 ちなみにメルスさんが団服ではなく白のローブを着ているのは、そっちの方が護り易いからだそうです。私服警官というやつでしょうか。それにしても護衛の人と教育係さんなんてセルジュくんすっごい貴族様なんですね。
 キラキラな目で見ていると、頬ずりするルアさんがポツリと呟いた。

「モモカ……一緒に勉強してきたら?」
「ふんきゃ!?」
「お、モンモンも一緒やるか? イズは初日でとんずらしたけどな」
「え、え、って、イズさんまだいたんですか!?」

 

 初耳情報に驚くと、ルアさんもピクリと反応した気がした。けれど、お菓子に手を伸ばしたセルジュくんは首を横に振る。

 

「一昨日『帰る。ばいび~』って置手紙があったからもういないぜ」
「そうですか……帰りに一度ぐらい会いたかったです」
「きてふゃいにょか? オレんときょにはしょっちゅうきて……あ、菓子狙ふぃか。アイツすっげー甘党だっ!」
「食べながら話さない」

 

 もぐもぐと口を動かすセルジュくんを容赦なく叩いたトゥランダさん。
 反論するセルジュくんを見ながらイズさんを思い出していると、難しい顔をしているルアさんに目を移す。イズさんのことをルアさんにも話したが、容姿までは言ってない。彼がわたしと同じ漆黒の髪を持っていたから。

 漆黒に強く反応するルアさんに言ったらイズさんに迷惑がかかるかもしれない。それに彼の瞳は赤。違う。けど、言ってたらルアさんはどうしてたのかと考える時がある。同時に、わたしの髪と瞳が本当は漆黒だとバレたら……。

「どうしたの?」
「ふんきゃ!?」

 

 突然のルアさんドアップ顔に心臓が跳ね、跳び退く。が、結局後ろにいた彼とぶつかり、周りに笑われた。特にセルジュくんとケルビーさんは大爆笑。そこにルアさんが再突撃したため、また悲鳴とメルスさんが庇うというスタートに戻るになった。

 

 慌てて止めようとするが、容赦なくケルビーさんを斬るルアさんはなんだか楽しそうに見える。最初の頃とは違う彼に笑みを零すと、いつか自分の髪は黒だと伝えられる日を祈った。

 

 本当のわたしを──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 星が見えるフルオライトの城下は静寂に包まれ、冷たい風だけが漂う。
 緑の薔薇を頬に持つ男はマントどころかベレー帽もなく、ただ両手を広げ、木々が広がる高台から風を受けていた。そんな彼、緑薔薇ムーランドの背後で風以上の冷たい気配が集まる。閉じていた瞼を開いたムーランドは紫の双眸と笑みを向けた。

 

「式典以来だね──藍薔薇」

 

 風がムーランドの髪を揺らすように、藍色の薔薇を背負った男──藍薔薇騎士のマントも揺れる。だが、その姿に瞬きしたムーランドは溜め息をついた。

「ひゃは~そう言えばそうだっけ。もう、どこからツッコめばいいのかわかんないよ」
「……御託はいい。用件を言え、ムーランド」

 冷たい声が淡々と響くが、ムーランドは気にした様子もなく笑う。

「ひゃははは、ボクも群れるのは嫌いだけど、アンタはその上……はいはい、用件ね」

 

 暗闇に溶け込んでしまいそうな深い青の眼差しが鋭く刺さる。一息ついたムーランドは腰に手を当てると、同じように目を細めた。

「『南庭園』の扉を解除して。今すぐ」

 藍薔薇の眉がピクリと動く。
 四方塔の先にある四つの庭園のひとつ、南庭園。東西北が開放されている中、唯一閉鎖されている庭園は管理者がいないため、今は情報総務課が代理業務を行っていた。各庭園は重要地のため扉を開くことができるのは数名のみ。その一人である藍薔薇は疑問を投げかけた。

 

「……なぜ、わざわざ俺に頼む? 宰相か他の連中でもいいだろ」
「ひゃははは、ボクは『今すぐ』って言ったんだよ。ノっちーや他の連中じゃ申請で時間かかるし、グっちーは担当外。だから……藍薔薇部隊団長(アンタ)なのさ」

 互いの細めた双眸がぶつかり合うと大きな風が吹き通る。
 彼らの髪も服も緑の葉も揺れると、昇りはじめる朝日が二人の影を伸ばした。その影を見つめる藍薔薇はポツリと呟きを漏らす。

「……理由を問うたところで言うはずがないか」
「ひゃははは、よくわかってんじゃん。ボクも綱渡りの状態だからね。あんま情報流すと危っ……!」

 

 笑みを浮かべていたムーランドだったが、突如口元に手を寄せると激しく咳き込む。身体を揺らしながら口元を押さえる手から血が見えた藍薔薇は口を開くが、虚ろな瞳で自身を見つめるムーランドに言葉を呑み込んだ。

「昨日のケルっちーじゃ……ないけど……アンタも結構お人好しだよね……そんなバカな人にもうひとつ……ヤっちー達に早く帰るよう……伝えな」
「……なぜ?」

 問うても無駄だと知ったばかりの藍薔薇だったが、訊ねずにはいられなかった。
 珍しく冷や汗を流す男にムーランドはフルオライト城に目を向けると、ポケットに手を入れる。出てきたのは萎(しお)れたミニバラ。その薔薇を藍薔薇も見ていると、ムーランドは笑みを向けた。

 


「アンタ達よりバカな子が……泣きそうだから、だよ」

 


 その顔は切ない──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 今日も太陽ピカピカ。良いお天気です。
 そんな今日は月曜日なので庭園はお休み。でも開園中あまり手入れができなかったので、ハサミを持って痛んだ枝を切ったり害虫駆除。忙しいです。

「モモカー……汁って捨てていいの?」

 

 ルアさんの声に屈んでいた腰を上げると背伸びをする。
 シャツの腕を巻いた彼が持つボウルの中には大量の赤薔薇の花弁。それにレモン汁を掛け揉んだため汁は真っ赤。ルアさんの手も真っ赤。
 少し離れた場所にいるわたしは大きな声を出す

「汁は使うので捨てないでくださーい! あとは花弁を絞ってお鍋に入れて、お砂糖と「ちょちょちょっと待って! あ、ヘディ!!」

 

 慌ててボウルをテーブルに置いたルアさんは、鍋を持ってきたヘディさんを呼ぶ。
 薔薇ジャム作りをお願いしたのですが、料理自体あまりしないルアさんはワタワタして、なんだか可愛いです。完成したらサイダーで割ったジャム入りジュースでお礼しましょう。

『おーい、ガキー!』

 再レシピをヘディさんに話してると羽を広げた影がわたしの影に重なる。
 落ちてきた声に見上げると、綺麗な巨大インコ。動物園でしか見たことない大きなインコさんに目を輝かせていると、ヘディさんからケルビーさんだと教えられた。ふんきゃ、ケルンコさんですね。

 

『……すっげぇ名前が付けられた気がする。まあ、いいや。昨日の今日で悪ぃけど、料理長(ジジイ)が午後から出るってよ』
「本当ですか!?」
『おう。けど今日、ジュリんとこ行くんだろ?』

 上空で綺麗な羽をパタパタ動かすケルンコさんの指摘に先約を思い出す。考え込んでいると、手を洗い終えたルアさんが口を挟んだ。

「ジュリは終わった後でいいって言ってたし……その前に行けばいいよ」
「で、でも……」
「手入れなら私とフローライト団長も多少できますのでお時間は掛からないと思います。それに料理長は最近本当に出ない方なので、何か用があるなら今日がチャンスかと」

 真剣な眼差しの二人にまた考え込むが、料理長さんの震える姿が離れず、ケルンコさんを見上げた。

「行きます!」
『……わかった。オレ様はいねぇけど他の連中とプラディに言っとく』
「お願いします」

 

 頭を下げるとケルンコさんは小さく頷き、風のように消えた。
 動悸が少しずつ大きくなる。料理長さんと会って本当に聞けるかはわからない。何が出るか出ないかわからない箱の前にいるようで怖いけど……わたしは中身を開けたい。
 握り拳を作ると、ルアさんとヘディさんに頭を下げた。

「お手伝いよろしくお願いします!」
「うん……」
「お任せを」

 微笑む二人にわたしも笑みを向けると作業へ戻る。
 太陽と風と水を受けた薔薇達が花を開こうとしているのを横目にわたしも足を前に出すと駆け出した。

 

 長い長い道のスタートを切ったかのように────。

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