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​23話*「華やか」

 晴天の空に心地良い風が吹くと、花弁や風船が宙を飛ぶ。
 城下の大通りには屋台や露天商が続き、美味しそうな匂いと花々な雑貨に行き交う人々は足を止めた。いつも以上の笑顔を向ける人々と、はじめてフルオライトを訪れる人々が混ぜ合った今日は──フルオライト国王の誕生祭。

 各城門前では腕章をした騎士が勢揃いし、厳重な警備体制が敷かれている。
 数時間後には貴族や各国を交えたパーティーが中央塔大広間で行われるからだ。そんな大事な式典にも変わらず、薔薇園で呑気に過ごすわたしとルアさん。

「ルアさん、準備とかいいんですか?」
「うん……着替えるだけだから」

 

 コートを地面に敷いたルアさんは寝転がって日向ぼっこしている。
 笑うわたしは、パーゴラ下でプリザーブドの薔薇とかすみ草を合わせた。

 一昨日、ジュリさんとケルビーさんが遅くまで手伝ってくれたおかげでノーマさんの依頼である『一万本の切り花』を無事完遂。
 すぐニ人に御礼を言いたかったが、式典前日で西庭園は休園。ケルビーさんも騎舎に戻ったとのことで会えず、疲れが出たわたしも帰宅後は朝まで爆睡。極限まで疲れた後は何時間でも寝れますね。

「さすがに今日はニ人に会えませんよね……ナナさんやムーさんにも」
「うーん……会えなくもな……って、ナナとムー?」

 上体を起こしたルアさんは、跳ねた髪のままわたしを見ると首を傾げた。

 

「あの二人……何もしてないよな……むしろ後者がややこしくしたって言うか……」
「? いえ、ナナさん達にも渡したいなって」
「渡す?」

 立ち上がったルアさんは、わたしが持っていた物を手に取る。それは六センチ程の青薔薇と、かすみ草を合わせリボンを付けたコサージュ。

「今朝ジュリさん達の御礼を考えて思いついたんです。で、どうせなら『虹霓薔薇』のみなさんにも渡したいなって……ほら!」

 

 話しながら他の六色のコサージュを袋から取り出す。
 橙さんと藍さんには会えなかったが仲間はずれはいけないし、せっかく五人の団長さんと会えても式典が終わったら領地に戻ると聞いたので会えた記念というか……まあ、わたしが勝手にしてるだけですが。

「もちろん青はルアさんのですよ。でも迷惑ばかりかけたので、他のも考えますね」
「いい……」

 

 小さな呟きに、机に並べていた手が止まる。
 見上げれば、眉を落としながらも青薔薇のコサージュを見つめているルアさん。その口元には笑みがある。

「コサージュ(これ)だけでいい……貰って良いんだろ?」
「は、はい! もちろんです!! で、でも他にも……」

 慌てて立ち上がったわたしにルアさんは首を横に振るだけ。
 魔力のないわたしに代わって毎日の水やりにウイルス騒ぎに結界……たった数日でもたくさん迷惑をかけてしまった。それがコサージュだけなんてと戸惑うが、切ないのと嬉しいのが混ざったような表情に何も言えなくなってしまう。

 それでも伸ばした手で彼のシャツを握ると、顔を伏せたまま呟いた。

「ありがとう……ございました」
「? まだ俺、終わるまで国にいるけど……ああ、コサージュのことか。俺もありがとう」

 優しい笑みのまま頭を撫でてくれるルアさん。
 わたしの言った『ありがとう』がどれを指すかは正直自分でもわからない。でも、嬉しい言葉と手に笑みが零れた。

 

 そんなわたしを見ながら手を離したルアさんはパーゴラから出ると、手の平に風を集め、白い鳩を五羽創る。驚いている間に何かを呟き、鳩達は一斉に飛び立った。

「お祝いには白い鳩ですよね~」
「うん……でもあれは『伝風鳩(でんふばと)』っていって……俺の伝言を他の連中に伝える魔法なんだ」
「色々あるんですね……でも、伝言って誰に?」
「ん……他の団長にモモカが用あるからきて……って。藍薔薇はパーティーが確実だから送らないけど」
「へ~……!?」

 魔法のすごさに頷くだけだったはずが内容リピートして固まる。
 『用があるからきて』って、忙しい団長さんにそれはマズすぎませんか!? しかもわたしなんぞの理由で!!?
 慌てて取り消してもらおうとするが、ルアさんは出入口を見た。

「あ……ナナがきた」
「うええぇぇーーーーっっ!?」

 

 なんとも早いお越し!、と言う前に急いで扉に向かう。
 お迎えなしとか団長さん相手に失礼すぎるとアーチを潜るが、ルアさんが結界を解いたのか、先に扉を開いたナナさんが現れた。その姿に急ブレーキ。

 

「邪魔するぞ、ピンク……ん、どうした?」

 

 変わらず口元は“へ”の字のナナさん。
 けれど綺麗な金髪は後ろ下でお団子にされ、両耳には黄薔薇のイヤリング。そして服も白の襟ありシャツに手袋を嵌め、黄色のスカーフを巻き、黒のベストに白の燕尾服と膝上スカート。下も黒のストッキングと白のロングブーツを履き、両肩で留められた黄地のマントには竜と薔薇が大きく描かれていた。

「カッコイイですね!」
「正装だからな、当然だ。ところで我に何か用か? 先ほど不快な鳥が飛んできたが」
「ナナナナナさん! お義兄さん相手にあわわっ!!」

 

 吊り上がった眉に、慌てて口を押えた。
 禁句ワードを口走った気がして嫌な汗が流れるが、ナナさんは気にせず話す。

「兄妹といっても義兄であるし愚兄といった方が正しいだろう。しかし丁度良かった。我も主に用があってきたのだ」
「ふんきゃ?」

 ルアさん並みのスルー技術に“兄妹”を感じるのは気のせいか。そんなわたしに構わずナナさんは懐から分厚い封筒を取り出す。首を傾げながら受け取ると、中身を確認。万札の束だった。

「主(あるじ)から、今回の報酬だそうだ。百万ジュエリー入っている」
「うええぇぇーーーー!?」
「確かに渡したぞ。それで、ピンクの用はなんだ?」
「ちょちょちょちょ! そんな軽く終わるお話では「モモの木ーーー!」

 とんでもない額に心臓が激しく鳴っていると久々に聞く声。
 札束封筒をナナさんに預かってもらい廊下に出ると、変わらない金茶の髪に白の大判ショールを羽織ったキラさんが、爽やか笑顔と両手を広げながらやってきた。その姿にわたしは駆け寄る。

「キラさ~~~~ん!!!」
「モモの木~~~~!!!」

 

 跳び付いたわたしの両手を握ったキラさんが回転をはじめると、わたしの身体が宙に浮く。広い廊下とはいえ、中央で回るわたし達を行き交う人々は慌てて避け、ナナさんも出てきたルアさんも唖然とした。

「あっははは! 元気だったか~~い!!」
「はい~! キラさんも新大陸は見つかりましたか~!?」
「あっははは! 残念ながら見つからなかったよ!! だが別所で土産は買ってきてやったぞ~~!!!」
「うわ~~~あぁぁあい~~ぃぃ……うっぷ」
「おや、どうしたモモの木~元気がないぞ~!」
「おいおい、ヤキラス。そんぐらいにしとかねぇと、ガキが死ぬぜ」

 

 酔いはじめていると呆れ声が響く。
 回転を止めたキラさんは笑いながら謝り、わたしは目を回したまま背後の二人に手を上げた。そんなわたしに、ケルビーさんは溜め息をつき、ジュリさんは笑う。

 二人の服装も普段とは違い、ケルビーさんは白のシャツと手袋を嵌め、スカーフとベストは赤。膝下まである黒のロングコートは開いたままでズボンと靴、赤薔薇のイヤリングと右肩に留めた赤のマント。

 ジュリさんは紫紺の髪を編み込みで後ろ上で留め、薄い藤色のエンパイアドレスを着ているがレースが首元まであり、両耳と胸元には紫の薔薇。白のレースがある手袋とハイヒールに両肩に留めた紫のマントと杖。
 “団長!”といった服装に目を輝かせているとジュリさんが辺りを見回す。

「まあまあ、団長が勢揃いすると華やかですわね。着替えてない方もいらっしゃるみたいですけど」
「あん? なんでまだ青薔薇とだいだっ!」

 

 ルアさんの靴となぜかキラさんの手刀がケルビーさんを襲った。
 慌てるわたしなど気にせず転がった靴を履き直すルアさんはいつもより低い声を発する。

 

「他に見られるの嫌いだからいいんだよ……」
「コミュ障なだけでしょうに」
「主の人見知りも大概にしてもらいたいものだ」
「にしても……いやにすぐ集まったな……」

 女性ニ人の呆れをルアさんはスルーし、集まった団長さん達とキラさんを見る。確かに鳩さんが飛んで十分も経ってないのに……というか。

「すすすすみません! お忙しい中、呼んでしまって!! ああああのっ!!!」
「あん? ゆっくり話せって、ガキ」
「城内にいれば何かあっても報せが届きますから大丈夫ですわよ」
「団長連中を呼んだとすれば残りは緑か。あやつは確か主(あるじ)と結界警備について話しておったな」
「それなら……お、噂をすればなんとやらだね」

 口々に話すみなさんは式典当日だというのに通常運転。
 そしてキラさんが北塔へ続く渡り廊下を見ると、叫び声が近付いてきた。

 

「ちょっと~! ボクがいったい何したっていうのさ!! 放うわーーーーっっ!!!」

 

 振り向くと同時に白のベレー帽を被ったムーさんが勢いよく飛んできた。突然のことに突っ立っていたわたしをキラさんが引っ張ると全員が避け、ムーさんは壁に激突……顔面からとか痛そう。
 顔を青褪めるわたしとは違いみなさんは平常。それもどうかと床に倒れたムーさんの前で身を屈める。

 

「ムーさん、大丈「モモ、そんな小ガキなど踏ん付けて構わん」
「うわー……ムー……余計なヤツまで連れてきたな」

 

 溜め息をつくルアさんと聞き慣れた声にわたしは立ち上がる。振り向いた先には──。

 

「グレイお義兄ちゃん!!!」
「モモ、お疲れ。よくやった」

 

 小さな笑みを浮かべるお義兄ちゃんは膝下まである白のロングコートを前留めせず、下は白の詰襟に黒のベスト。そして白のズボンと靴を履いている。手袋も今日は白で、ローブではなくマントといつもと違う服装。
 それでも三日振りに会うわたしは笑顔で駆け寄ると抱き付いた。

 

「お義兄ちゃんもお疲れ様です!」
「ああ。だが、モモに比べればマシな方だ。ちっとも仕事をせん、どっかのクソ団長共を除けばな」

 わたしの頭を撫でながら眼鏡を上げるお義兄ちゃんの声に、背後のみなさんが後退りする気配がした。振り向こうとするも、膝を折ったお義兄ちゃんに顔を戻され、目の前にある灰青の双眸に笑みを浮かべる。
 すると大きな両手が背中に回り、抱きしめられた。

「様子も見に行けず悪かったな」
「ふんきゃきゃ。わたしこそ無事に薔薇を咲いたこと言いたかったのに出荷に必死でお報せできませんでした……ごめんなさい」
「『綺麗に咲いていると信じている』と言っただろ。報せがなくとも今、モモの顔を見ればわかる」
「お義兄ちゃん……」

 

 お義兄ちゃんにとっても大事な薔薇園に危機を招いたのに、不安がっていたわたしとは違い咲くと信じてくれた。
 咲いたのは当然わたしだけの力だけではないが目頭が熱くなり、肩が震える。すると耳元で『モモ』と囁かれ、誘われるがまま腕を首に回すと肩に顔を埋めた。
 そんなわたしの背中を大きな手が優しく撫でてくれる──息を呑む声を無視して。

「なんなんだよ、口から砂糖を吐きそうなほど甘いあれは……」
「グっちーがキモイ……」
「別人どころではありませんわね……本当に朴念仁ですの?」
「誕生祭だというのに不吉だ……主(あるじ)に警備の見直しを進言せねば」
「キミら、死にたいのかい?」

 顔を青褪める団長さん達と苦笑いするキラさん。そして行き交う人々も壁際に寄って避けていることなど気付きもせずお義兄ちゃんと抱き合う。そんなわたし達に、ルアさんは一息ついた。

 


「やっぱ……グレイなのかな……」

 


 その声は、開いた薔薇園の扉から吹く風と一緒に消えた────。

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