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幕間2*「女子会」

 風邪から復活しました! 薔薇園に行ったら虫さんが一匹もいなくてビックリ!! ルーくんハウスにも穴があるのはなんでですか!!?
 そんな疑問をルアさんに問うと『いや、な~んもなかったよ』と満面の笑みが返された。深く追求するのはやめましょう。

 

 

 


「あやつがコロコロ表情を変えるというのも灰並みに不気味だな。鳥肌が立ってきた」
「ふふふ、世界の滅亡が近いのかもしれませんわね」
「ふんきゃっ!?」

 両腕を擦る黄薔薇騎士のナナさんと、くすくす笑う紫薔薇騎士のジュリさんの発言に、わたしはマドレーヌを皿に落とす。

 わたし達の目前に広がるのは蓮池。
 でもここは西塔庭園ではなく、ジュリさんの御実家。ジュリさんは上流貴族フィランラッソ家の御息女で、式典期間中や休園日などは実家で過ごしているそう。
 ウッドデッキのテラスで三人紅茶を飲みながら、蓮池やアヤメが広がるお庭を眺めた。

「蓮さん達の開花ももうじきですね~」
「モモカさん、あれは蓮ではなく睡蓮ですわ」
「ふんきゃ!?」
「ち、違うものだったのか!?」

 

 ナナさんとニ人驚くと、ジュリさんは笑いながら水晶の付いた杖を回す。
 聞くに、葉っぱに切り込みがあるのが睡蓮で、ないのが蓮。花も水面で咲くのが睡蓮、水面より上に咲くのが蓮だそうです。ふむふむ。

 

「稀に睡蓮でも上の方で咲くのがありますけど、蓮の方が茎が長いですわね。ちなみに隣に生えているのもアヤメではなくカキツバタ。花弁の基に網目状の模様があればアヤメ、白い目型模様があればカキツバタですわ」
「花は……奥が深いな」
「勉強になります」
「ふふふ、それは良かったですわ。では、お勉強はここまでにして買い物に行きましょう」
「「はーい」」

 ナナさんと二人手を挙げると、馬車のある玄関へ向かう。
 今日はジュリさんとナナさんとショッピングの日。誕生式典の時、イズさんに化粧云々言われ相談したところ誘われたのです。
 わーい、女子会ですね! お義兄ちゃんからも許可出ましたよ!! 化粧品って言ったら数秒止まりましたけど!!!

「義妹が大人の階段登った嬉しさではありません?」
「『まだ早くないか!?』って、説得されました」

 

 石畳を走る馬車に揺られながら笑顔を向けたわたしに、隣と前に座る二人は沈黙。同時に『シスコン』とボヤかれたのは気のせいだと思いたい。

 レンガ造りの住宅街を通り抜けると、馬車通行禁止区に入り、馬車を降りる。多くの人が行き交う道は花、雑貨、洋服屋が連なった商店街のようで、とても賑わっていた。

「うっわ~!」
「食品になると通りが変わるが、我らの目的ならば……聞いてるのか、ピンク?」
「ふふふ、モモカさんにはどこも素敵に映るのでしょうね」

 

 おっしゃる通り。何しろ、大通りどころか家のある区域から出たのもはじめて。
 城内では制服を着た人が多いせいか、私服の人も、並んだ商品も珍しくてわたしの目はキラキラ輝いていた。

 振り向くと、フルオライト城が少し遠くに見える。
 まるで飛べない鳥が籠の戸を開けたみたいで、真上にある太陽(キラ)さんに笑みを向けたわたしは珍しい黒髪を隠すため、麦わら帽子を被った。すると人々が足を止め、甘い吐息を吐いているのに気付く。視線の先にはナナさんとジュリさん。

「黄薔薇様と紫薔薇様だわ……」
「すっげー、超ラッキーじゃん」
「一緒にいる小さい子は誰かしら?」
「通りすがりでしょ」

 

 考えてみれば団長さんニ人と一緒なんて目立ちますよね。しかも美人さん……わたしも街の人と同じ傍観者になりたいです。街人Iぐらいで。
 そんな羞恥に襲われていると、ナナさんの大声が響いた。

 

「おい、紫! そっちではなくこっちだ!!」
「まあ、申し訳ありません。えーと、こっちですわね」
「おおおおお二人揃って違います!!!」

 

 字が読めないわたしでも看板の絵で目的のお店がわかるのに、ジュリさんは路地裏に入り込み、ナナさんは来た道を逆走する。どうやらナナさんも若干方向音痴っぽいようで、はぐれないよう仲良く三人お手てを繋いで回ることにした。

 

 ちょっと贅沢です。

 


* * *

 


「わ、我もピンクではないが、あまり城から出らんのだ。主(あるじ)を護るのが仕事だからな」
「サボり魔を捕えるの間違いではありませんこと?」
「ナナナナナナさん! ベリータルト食べませんか!? すごく美味しいですよ!!!」

 サファイアの目を細め、椅子から立ち上がったナナさんに慌ててタルトを渡す。六種のベリーが乗ったタルトをチラ見した彼女は座り直すと手を合わせた。ほっ。

 時刻は三時を過ぎ、喫茶店に立ち寄ったわたし達はニ階のバルコニー席で城下街の景色を見ながらお茶タイム。
 わたしの足元には戦利品の紙袋が二つあるが、ジュリさんとナナさんは二桁を突破し、既に馬車で運んでもらっていた。団長さんはすごいです。

 

 すると、城の方から聞き覚えのある警報が鳴る。
 他のお客さんのように空を見上げると、真っ黒な羽を広げて飛ぶ数十の魔物。わたしは慌てて立ち上がるが、団長の二人はまったり。

「ままままままま」
「落ち着け、あれは下級だ。上級も数体いるようだが……愚かだな」
「そそそそそんな」
「大丈夫ですわよ。ほら、魔物(あれ)より怖いのがきましたもの」

 

 ジュリさんが微笑むと上空で爆発が起こる。
 見上げると、人らしき影が大型の魔物を斬り、小型は一定の場所で消滅している。遠くて定かではないが、あの斬り方は──ルアさん!

 

「中級までなら緑の君が張った結界で殆ど消滅しますけど、青の君が国にいる今は意味ありませんわね」
「我の仕事を取りおって」
「? ナナさんの仕事ってノーマさんの護衛じゃ……」

 

 首を傾げると、ベリータルトを食べ終えたナナさんは不服顔で説明してくれた。
 彼女は自身が治める平地区域に代理人を置く代わりに、ノーマさんの護衛をしながらフルオライト城の警備をしているそう。なので、ルアさんが今やってる仕事は普段ナナさんが……ああ。
 美人台無しの苦虫を噛み潰した義妹さんなど知らず、仕事を終えたお義兄さんがお城に帰って行った。

「まったく、なぜあやつは珍しく残っておるのだ」
「捜してる人がいるとかで……でも、他の団長さんも残ってるんですよね?」
「わたくしの場合は統治区が近いこともありますけど、橙の君は副業関係、緑の君は事情聴取、ケルビーは料理長さんの具合が悪いとかで、残念なぐらい残ってますわね」
「藍に関しては元々意味わからぬ男だ」

 微妙に失礼なことを言いながら花茶を飲む二人にわたしは沈黙。
 ムーさんの事情聴取については聞かない方が良さそうですし、橙さんと藍さんはわからないのでコメント出来ませんが、喜ぶケルビーさんが浮かんだ。

「じゃあ、ジュリさんは毎日ケルビーさんと会えるんですね」
「鬱陶しかったので実家に帰りましたの」
「ふんきゃっ!?」
「主ら……本当に恋人か?」

 

 満面の笑みで微笑むジュリさんに、ナナさんと二人、顔を青褪める。
 どうりで今朝、食堂部の辺りから暗いオーラが……そんな二人の出会いを恐る恐る聞いてみた。

「魔物に襲われているところを助けてくださいましたのよ」
「あれっ!? 普通にカッコイイ場面ですよ!!?」
「一目惚れ云々言ってストーカー化しはじめたのがウザくて、わたくし騎士になりましたの」
「色々と端折ってないか!?」

 付き合いはじめる部分が欠片もなくナナさんとツッコむが、微笑むジュリさんはこれ以上教えてくれる気はなさそうだ。お花以上に奥深いですね。

 

「ふふふ、そう言うお二人こそ好きな殿方はいらっしゃいませんの?」
「ふんきゃ~、薔薇のお世話ばかりで全然です。でもナナさんはムーさんと仲良しですよね」
「あやつが勝手に付いてくるだけだ」
「あらあら、どこかのハエ男みたいですわね」

 

 クールに花茶を飲むナナさんに、手を頬に当てたジュリさんと顔を合わせる。そこでわたしは思い出した。

 

「もしかして、ムーさんよりノーマさんの方が好きなんですか?」
「ごふっ! げほっ!! げほっっ!!!」
「ナナさんっ!?」

 

 突然咳き込んだナナさんに慌てて立ち上がると背中を擦る。対してジュリさんはニコニコ笑顔。

「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……すまぬ。それよりなぜ……そこで主(あるじ)の名が……」
「え? だって前、ノーマさんに頭を撫でられたとき、ほっぺが赤」
「ちちちち違う! あああれは恥ずかしかったからで!! けけけけ決して想うことがあるわけでは!!!」
「ごごごごごごめんなさい!!!」

 

 両肩を勢いよく揺すぶられ慌てて謝る。
 けれど聞こえてないのか、はじめて見る真っ赤な顔をしたナナさんはジュリさんが止めてくれるまで止まらなかった。

 奥~深いです~。


 

* * *

 


「へ……ナナがノーマを?」
「ドアホめ。あんな男を選んでもロクなことにはならんぞ。ところで貴様、いつまで家(ウチ)にいる気だ」
「どっかの男が家を壊したから……モモカから許可は取ってる」
「ふんきゃ。雨が降ってるのに、ルーくんハウスに穴が開いてたら風邪を引きます。それとお義兄ちゃん、ノーマさんに失礼ですよ」

 時刻は九時半を過ぎ、外からは雨音が聞こえる。
 ソファに座るわたしの左右にはお義兄ちゃんとルアさんが座り、一緒に開放日に使うミニバラの花束を作っていた。手を動かしながら今日のことを話すと、ルアさんは眉を八の字にする。

「俺は別……ナナが誰好きでも気にしないけど……ひと回り以上も歳が違う相手でいいのか?」
「ジュリさんは恋愛に歳も身分も関係ないと言ってましたよ」
「毒女に言われても説得力皆無だな」

 

 否定できず、ケルビーさんに同情するしかない。
 そこで、一束作り終えたわたしは右隣のお義兄ちゃんに訊ねた。

 

「お義兄ちゃんは好きな人いないんですか──って、お義兄ちゃん、薔薇が折れてます折れてます!!!」

 

 ミニバラが粉々に握り潰され、わたしとルアさんは真っ青。
 お義兄ちゃん自身は手袋をしていて怪我はないが、背をソファに預けると眼鏡を上げた。

 

「なぜ……そこで私に聞く?」
「ルアさんには前、聞いた「ストップストップ!!!」

 

 後ろから出てきた大きな手に口を押さえられるどころか抱きしめられる。もがもが言いながらさらに顔を青褪めているルアさんを見ていると、お義兄ちゃんの灰青の瞳が細められた。

「ほう? 貴様に好きな女か。それはぜひ聞きたいな。吊るす前に言え」
「お前が言えよ! 好きな女のタイプを!!」
「ドジでも真っ直ぐ一生懸命で笑顔の可愛いモモだ」
「堂々と言い切ったーーーー!!!」
「ルルルルアさん! お義兄ちゃんに“可愛い”って言われたのはじめてです!! どうしましょう!!?」
「感動するとこそこ!? しかも言われたことないの!!? って、グレイの照れた顔がキモっご!!!」

 

 両頬を赤くしながらルアさんに言うと、立ち上がったお義兄ちゃんの片足が顔面ヒット。後ろに倒れ込んだ彼を慌てて揺するが、お義兄ちゃんに抱き上げられたわたしは一緒にリビングから退場する。

 

 スリッパの音を響かせながら階段を上るお義兄ちゃんの顔を覗き見しようとするも、後ろ頭を押さえられ肩に顔が埋まった。でも少し頬が赤い気がする。

 見たことない表情につられるようにわたしの頬も赤くなるが、十時を過ぎたのかウトウトしてきた。

 自室に運ばれ、ベッドに下ろされると布団を被る。
 頬にはお休みの口付けが落ち、睡眠モードに入るが、ドアを閉めようとするお義兄ちゃんに言った。

「お義兄ちゃ~ん。わたしに気にせず~結婚してくださいね~」
『うわああああーーっっ! グレイが階段から落ちてきたーーーーっっ!!』

 

 あれ、なんかものすごい音がしましたよ。
 でも起き上がることはできず、楽しかった今日を胸に刻むように夢の中へと落ちた。

 


* * *

 


 翌朝。リビングに行くと、お義兄ちゃんはとても不機嫌。ルアさんは紐で宙ぶらりんにされていた。慌てて解くと、お義兄ちゃんの眼鏡が新品になっているのに気付く。


「イメチェンですか?」
「……そんなものだ」
「モモカ、怖ぇー……」


 またはじめてのお義兄ちゃんに嬉しくなると、今日も開放日に向けて頑張ろうと拳を上げた────。

*次話から第二部(中盤)開始です
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