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幕間1*「一週間」

 王様の誕生日から、一週間。
 五月に入り、最盛期を迎える薔薇の蕾がたくさん出てきた。もうじきですね~と、ルアさんと笑顔で話していた翌朝──全身ダルくて熱い。

 なんだか息も荒く、半分しか開かない瞼の先はぼんやり。でも、起きないと朝ご飯……薔薇……。
 すると、小さなノック音の後にドアが開き、白のローブに赤紫のストールを巻いたグレイお義兄ちゃんが顔を出した。

「モモ、珍しく寝坊……モモ?」
「ふん゛きゃ~」

 

 篭った声で返事をしながら上体を起こすが、力が入らず揺れる。慌てて駆け寄ってきたお義兄ちゃんに抱き留められた。

「あ、ありがと「モモ、熱がないか!?」

 

 お礼を遮られると、手袋をした大きな手がわたしの前髪を上げ、額同士がくっつく。とても冷たい額に、お義兄ちゃんの方が熱じゃないですかとわたしはニコニコ笑顔。
 反対にお義兄ちゃんは溜め息をつき、ゆっくりとわたしをベッドに寝かせると眼鏡を上げた。

「三十八度八分……風邪か」
「わ゛~、お義兄ちゃんすご~い」
「疲れが一気に出たんだろ。モモ、今日の仕事は休め」
「大丈「休め」

 即答お義兄ちゃんはカーテンと窓を開けると指を鳴らす。その手にはどこから出てきたのか見慣れた鷹さんが乗り、外に放すと窓を少しだけ開けたまま振り向いた。

「空気の入れ替えに開けておく。何か食べるのを作……薬と一緒に買ってこよう」

 

 一瞬『作る』と聞こえたが、訂正にほっとする。
 お義兄ちゃん、料理するとなんでか炭にしかならないんですよね。一種の才能だと養親は言ってましたが。
 そんなお義兄ちゃんは背を向けるが、その場で立ち止まる。理由はわたしの手がローブを掴んでいるから。灰青の瞳と目が合うと、必死に口を開いた。

「ばら゛……見にい゛っちゃ……ダメですか?」
「……ダメだ。その状態で行けるわけがないだろ」
「でも゛……」

 例の害虫事件で森山さんがいない今、水やりの他にも入念な駆除や開放日に向けての準備がある。まだ開放日は決まってないから準備はいいけど、せめて様子は見たい。
 ローブを握る手を強くするわたしに、しばらく眉を上げていたお義兄ちゃんは両膝を折ると手を握った。

「……わかった。モモの代わりに私が見てこよう。それでいいだろ?」
「え゛っ……」
「多少なりだが私も世話はできるし、ルアを馬車馬のように働かせれば問題ない」

 スルーしてはならない言葉が出た気がするが、喉が痛くて上手く声を発せられない。その間に手袋を外したお義兄ちゃんの両手に頬を包まれ、撫でられるくすぐったさに笑みが零れる。
 小さく『お願いします』と伝えるわたしに同じ笑みが向けられると、頬に口付けが落ちた。

 

「それじゃ、良い子に待ってるんだぞ。水は置いておくからな」
「ふんきゃ……」

 

 懐から取り出したペットボトルをサイドテーブルに置いたお義兄ちゃんは、音も立てず部屋を後にする。静かになった室内で、微笑と口付けのダブルヒットを受けたわたしは布団を被った──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


「そ、それで、グレイ……?」
「何か問題があるか?」

 

 眼鏡を上げながらアホ顔を晒す男を睨むと、青薔薇ルアは青水晶の瞳を泳がせる。構わず見渡せば、先日まで白薔薇しかなかった庭園には多色の蕾が開花準備をしていた。
 賞賛してやりたい気もするが、モモの体調を崩させるなど万死に値する。

「モモカ……病院はいいのか? グレイも行った方がよさそうだけど……精神科」
「吊るし上げるぞ。モモの場合、薬の方が抑えられる」

 

 首を傾げるルアを横切ると指を鳴らす。集まった水が土に雫を落とすのを見ながら義妹を浮かべた。

 モモは病院には連れて行けない。いや、行っても意味がない。
 心臓と魔力。どちらかを失えば死ぬ私達とは違い、モモは魔力がなくても生きている。それが“異世界人”の特徴なのかもしれないが、他に異世界人がいないフルオライトでは治療法がない上に、稀有な存在(モモ)を狙う輩を防ぐため機密扱いだ。
 幸い市販の薬でも抑えられることが前回引いてわかったが……やはり、キラ男の言っていた他の異世界人をあたるしかないだろうか。

『おーい、眼鏡ーっ!』
「……フラ男か」

 

 眉間に皺を寄せていると、頭上から声が掛かる。
 見上げれば、鮮やかな赤に青と黄色が交じった羽を羽ばたかせ、長い尾を合わせれば一メートル近くにもなる鳥。赤薔薇ケルビーの分身、コンゴウインコが頭上を飛んでいた。

『家に着いたぜ! つーか、なんで家にも結界張ってんだよ!! どんだけシスコどわっ!!!』
『貴方、不審者として捕えますわよ』

 

 不快を発する鳥に『瞬水針』を飛ばしたが、避けられてしまった。
 舌打ちすると毒女の声も聞こえたが、構わず家の結界を解くとインコを睨む。

「貴様ら、特別に許可してやるが余計な真似はするなよ。モモに食事と薬を渡したらとっとと失せろ」
「あれ……食堂部ってデリバリーしてたっけ?」
『城内だけな! なのに今朝突然きたと思ったら無理や『ハエ男、冷えたマズイ物をモモカさんに食させる気なら掻き消しますわよ』

 毒女の声にフラ男の悲鳴が上がるとインコが消えた。
 その間に腕を捲ったルアはハサミを持ち、不要な枝を切りはじめる。手慣れた姿に国外追放と死刑判決の用紙ではなく転職用紙に判を押すかと悩んでいると、ルアは思い出したように顔を上げた。

「そう言えば……ムーは吊るし上げたのか?」
「……いや、先を越された」
「越された……?」

 

 互いに目を合わせる。
 害虫騒ぎの主犯と思われる緑薔薇を追い込むため藍薔薇を使ったが、物的証拠は何も出ず失敗。だが、式典で聞いたルアの話で充分小ガキを吊るし上げ……るはずが、ノーリマッツ様に先を越されてしまった。
 さすがに直に寄生虫を触り、解毒薬を作っただけあって誰が作れるか察したらしい。

「へ……じゃあ、ムー捕まったのか?」
「ノーリマッツ様も証拠を持っているわけではないから事情聴取だけだ。夜には開放される。だが、結果が出るまで手出しできないのも事実」
「ふーん……それは残念って言うか……ご愁傷様?」

 枝を切り続けるルアの“ご愁傷様”は恐らく私に向けたものだろう。だが、的を射ている。鉢植えにも水を撒き終えると指を鳴らし停めたが、両手は握り拳を作り震えていた。

 

 ご愁傷様だと? まったくだ。モモを散々苦しめた挙句風邪を引かせ、私の手で吐かすことができぬなど……あんの小ガキ。

「グレイ……風邪は別にムーのせいじゃ」
「やかましい! 余計なことが積み重なったせいだ!! ヤツのせいでモモばかりか……私の……」

 黒い気配と同時に水も集まり、一本の鋭い針に変わる。四方八方に広がる針にルアも慌てて立ち上がると顔を青褪めた。

「なんで……そんな怒ってんの? モモカ……だけじゃないような……」
「ヤツは……私の唯一の友との仲を裂いた……」
「友……へ?」

 

 目を点にするドアホなど気にせず目を細めると、手を翳し狙いを定める。その先にいるのは空、枝、土に現れた──虫(敵)。

「『瞬水針』!!!」
「うわああああーーーーっっ!!!」

 

 無数の針が飛び散り、敵を殲滅していく。器用に針を避けるルアは、私を指しながら声を荒げた。

「わかった! てめぇが言ってる友って森山だろ!! モグラの!!!」
「そうだ! ヤツは害するモノを抹消してくれる唯一無二の存在!! それをあの小ガキ!!!」
「それ、完全っに個人的恨みじゃねぇか! ふざっけんなよ!! うわああああーーモモカーーーーっ!!!」

 

 やかましい男にも狙いを定め、針を飛ばす。
 悲鳴を上げるルアはなぜかモモに助けを求めているが、構うことなく森山の分まで刺した。定めたものにしか効果はないため薔薇は無事だ。

 

 当然、抜かりはない──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~


 日も暮れはじめた夕刻。
 グレイの八つ当たりを受け、心身共にボロボロになった俺はモモカの様子を見るためロギスタン家を訪れた。当然グレイは眉を上げたが構うもんか。

 すると、玄関ドアを開いてすぐ、賑やかな声が聞こえてきた。グレイとニ人、顔を見合わせるとリビングのドアを開く。

「やあ、ルーくんもきたのかい」
「あん? くんなら連絡しろよ」
「ケルビー、お茶の御代わりを寄越しなさいな」
「ケルルン、オレもー!」
「いけません、セルジュアート様!」
「自分でしないとダメっスよ」
「青、主だけ回れ右で構わんぞ」
「ひゃははは、バイバイ、ルっちー」

 なんかいっぱいいると言う前に、ベレー帽を外し、呑気に座って菓子を食べる男の頭を押さえ込んだ。ムーは必死に抵抗しているが、手加減なしでソファに沈める。

「ルアさん、ダメですよ!」
「だって、こいつ……って、モモカ!?」
「あ、ジュリさん、セルジュくん。お茶のお代わりここに置いておきますね……げほっ」

 

 制止の声に振り向くと、なぜか病人のモモカがマスクをして接待していた。
 ムーを押さえる手が緩むと、微笑むジュリが台所に立つケルビーの尻を叩く音が響く。同時にグレイの怒声も。

「貴様ら、人の家で何をやっている! モモも!!」
「ふんきゃ! だ、だってお茶ぐらい……あ、熱は下がりましたよ。それと、おかえりなさい」

 

 変わらない笑みを向ける彼女に俺もグレイも脱力した。
 どうやらケルビー達が入った後にグレイが結界を張り直すのを忘れていたらしい。おーいと、グレイに目を向けるが、いつの間にかモモカを抱き上げていた。しかも頬にまで口付けて……いや、挨拶と思えばなんともない。ない。

 

 リビングの隅には花やぬいぐるみなど見舞い品が置かれ、グレイに抱っこされたモモカはテーブルのフルーツセットを指す。

「ノーマさんからって、ナナさんが届けてくれました。あと。みなさんからもいっぱい貰って……あ、お義兄ちゃん。お仕事お休みにしてたなんて知らなかったですよ。知ってたら薔薇のお世話なんて頼まなかったのに」
「モモのために休みを取ったのだからモモのために動くだけだ。気にするな」

 普段ではあり得ないグレイの甘い声に全員が引く。
 毎度ながらモモカといる時のグレイはヤバイ。言動も行動も。こりゃマジで病院だと団長他三名と集まって相談するが、モモカは頬を赤くしながら怒り、グレイは苦笑していた。

 そんなニ人を見ていると、なぜだか胸が痛くなる──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 時刻は十時前。
 はしゃぎすぎたせいか、眠さとは別のダルさにわたしはベッドに寝転がる。まさか団長さんやセルジュくんまでもがお見舞いにきてくれるとは思わず、早く元気になって薔薇を咲かせようと笑みを零した。

 けれど、すぐ頬が戻る。
 なぜか自室にはルアさんとお義兄ちゃんが床に座り、ベッドに背を預けているからだ。

「なぜ、貴様がまだいる? 他の連中のように巣に帰れ」
「俺も……なんか今日は……眠い」
「ルアさん、泊まっても大丈夫ですよ」

 

 いつもは不眠症だというルアさんが珍しく目をしばしばさせている。そんな彼に声を掛けるとお義兄ちゃんの眉が吊り上がったが、ルアさんは笑みを向けた。

「ありがと……」
「ほう、永眠させて──おいっ!?」
「ふんきゃ!」

 

 嬉しそうな笑みに目を見開いていると、ルアさんに抱きしめられた。
 跨ったわけじゃない、上体だけ。でも琥珀の柔らかい髪からは同じシャンプーの匂いがし、肩には彼の顔が埋まる。

「ルルルルルルアさんっ!?」
「だって……俺……見舞い品……何も持ってきてないから……抱き枕の代わりになろうっだ!」
「私のサンドバックにしてやろう……!」
「おおおおお義兄ちゃんっ、暴力はいけませんよ!!!」

 

 立ち上がり、ルアさんの背中を蹴ったお義兄ちゃんからは黒い何かが見えるが、ルアさんは離れようとしない。そんなニ人を必死に止めて止めて……止めてたはずが、途中から意識が遠退いてしまった。

 

 あ、十時過ぎ……。

 


 

 

 


 目覚めると、カーテンの隙間から朝陽が差し込む。
 スッキリとした頭にダルさも消え安堵。したくてもできないのは左にお義兄ちゃん、右にルアさんが一緒にベッドで寝ているから。身体はニ人にホールドされ身動き取れず、当然大絶叫。

 


「なんでですか~~~~!?」
「モモ……起きるのは……早い……ぞ……ん」
「ん……まだ……気持ち良い……モモカと……ん……寝る」

 


 風邪よりも薔薇のお世話よりも、この状況をどうするかが大変だった────。

*次話も幕間(番外編)です
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