11話*「ペット」
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時刻も0時を回った深夜。
眠るモモの部屋を後にすると白のローブを纏い、東塔へと足を運ぶ。既に城門も閉まっているが、高官であれば入ることができる。
自分の足音だけが響く廊下を進むと、薔薇の文様が刻まれた扉の前で立ち止まり、懐から取り出した鍵で錠を解いた。両手で重い扉を開けば、冷たい風が頬を撫でながら月明かりが射す。
充分な明かりに人感式の灯りを消すと、薔薇園は昼とは違う景色を見せた。
両親の生前時より格段に数は減ったものの、庭師の想いに応えようと蕾達が開花の準備をしているのがわかる。その分、一人任せにさせている自分に内心溜め息を零すと扉を閉めた。
アーチを潜り、辺りを見渡しながら進むと。パーゴラ付近に見慣れない物を見つける。それは紛うことなきテント。出入口の横には地面に刺さった木板があり、文字が書かれてある──『ルーくんハウス』。
潰したい。今すぐ家主ごと吊るし上げたい。
そんな衝動に駆られながらも、その家主がいないことに気付くと、大きな風が吹き上がった。月光で伸ばす自分の影に影が重なったことに、苛立ちながら顔を上げる。
「貴様、いった……!?」
口篭る。風を纏ったまま夜空に佇む男に。
琥珀の髪も白の服もコートも、右手に持つ剣から零す色と同じ青色に染まった、ルア──否、青薔薇騎士。
冷たく鋭い瞳に見下ろされ、汗を流しながら身構える。地面に降りた男は鞘に剣を戻すと低い声を発した。
「……なんか用?」
「……今日の様子を聞こうと思ってな」
「様子……ああ、あのウザイ視線」
「仕留めたのか……?」
「いや、逃げられた」
機嫌が悪そうに話され『だから魔物で発散したな』と察した。
短気なこいつがよく我慢できたものだと若干感心しながら、モモに付けるのをやめようかとも考える。そんな私の横でルアはシャツを着替えると、青薔薇のネックレスを揺らしながら地面に座り込んだ。夜空を見上げる瞳は既にいつもの瞳。
「一人だったけど……逃げ足を考えると結構上……でも、戦闘慣れしてない」
「キラ男は『虹霓薔薇』が絡んでいると睨んでいる」
「ふーん……じゃあ、可能性としては黄、緑、紫……藍?」
指折りで数えるルアは数秒止まり『ないな……』と、指を四から三にすると私を見る。
「なあ……薔薇園(ここ)の鍵……モモカ以外に誰か持ってるのか?」
「私とノーリマッツ様が持っている」
魔力がないモモのために特注で造らせた扉と鍵。
だが、鍵がなくとも上空には魔物、扉には害を成そうとする者に反応する上級結界が張ってある。前者は音が響き渡るが、後者は張った私にしか聞こえない仕組みだ。
「なら……入ろうとするなら……俺みたいに上空からか」
「そうなるが、私より魔力が高くなければ結界に引っ掛るぞ。それこそ貴様か……ギリギリ紫だろ」
だが、あの方向音痴の女が一人でここに辿り着けるとは思えん。
それこそ目立つし、自慢じゃないが私の魔力が高い。それが少しでもモモに渡れば管理も楽になるだろうができるはずもないと、重い溜め息をついた。
そこで、口元に手を当てたまま眉を上げるルアが意味深に映る。いっそう苛立つ私は声を荒げた。
「貴様、言いたいことがあるならハッキリ言え」
「うん……「吊るし上げるぞ」
苛立っている時に、こいつのマイペースは癇に障る。
そんな私に立ち上がったルアは両ズボンのポケットに手を入れるが、細められた青水晶の瞳は薔薇園を見据えていた。
「……誰か入ってんだよ」
「なんだと?」
「今朝、俺とモモカが来るより前に誰かが入ってやがる。薄っすらと魔力の痕跡が残ってるけど誰のかわかんねぇ。わかるのはグレイ以上に嫌な臭いってこと」
人格がもう一方になると倍に腹が立つのはなぜだろうか。
それよりもニ人より前に誰か……鍵もなく、結界も通り抜ける方法などあるのか? いや、それ以前に……。
「なぜ薔薇園に……」
「問題はそこ……てっきりモモカ狙いかと思ってたんだけど……お宝でも眠ってるの?」
「んなわけあるか。そしてコロコロ性格を変えるのをやめろ」
「へ……俺、なんか変わってる……?」
「吊るし上げる」
「っだ!」
マイペースに戻った男に、どこかの血管が切れた私は背中を蹴った。
それもあって薔薇園に住み着いたのかなど言わず、顔面転けしたまま動き回る男を踏み潰す。同時に冷たい風が吹き、空を見上げた。
黒い雲が月を覆い隠す様に妙な胸騒ぎが過ぎる。
まるで、何かのはじまりを予兆するかのように──。
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日の出も少し早くなった朝の五時。
ルアさんの朝御飯にとオニギリを握って薔薇園を訪れたのですが──。
「おはよう……モモうぷっ」
「ふんきゃーーーーーーっ!!?」
一緒に顔を青褪めると大慌てで駆け寄る。
『ルーくんハウス』にいないと思ったら紐で全身を巻かれ、木の上から逆さ吊りにされていた。まさか最初の作業が木に登って紐を切るとは……良い子のみなさん、逆さ吊りは大変危険なので決してマネをしてはいけませんよ。
下ろした後も顔が真っ青なルアさんをなんとかハウスまで連れて行くと寝転がす。額に水を含ませたタオルを当て、いつもの柔らかさが消えた髪を撫でた。
「何があったんですか?」
「よく……わかんない……俺の性格が……コロコロ変わるとかで……あいつ」
「あ、あいつって誰かにやられたんですか!?」
「グげっ!?」
「ぐげ?」
上体を起こしたルアさんは目を見開いたまま止まった。
何かの視線に気付いたわたしも振り向くと、出入口の隙間からジーとこちらを見ている存在。全長五十センチはある暗灰に眉斑は白く、鋭い嘴を持つ──鷹。
なんでこんなところにと首を傾げると、突然わたしの膝に顔を埋めたルアさんが両腕を腰に回した。慌てるが、彼の肩が震えているように見える。まさか苦手なんだろうかと鷹さんを観察すると、灰青の双眸が光っ……あれ?
「ルアさんルアさん! あの鷹さん、お義兄ちゃんに似てると思いません!?」
「ペットは飼い主に似るっていうからな……余計な見張り付けやがって……あんにゃろー……」
「ルアさん、性格曲がってきてますよ」
そしてお義兄ちゃんは鷹を飼ってないです。
すると鷹さんは可愛いお尻を向けると空へ飛び立った。なんだったんだろうと悩むが、膝枕みたいな状況に顔がどんどん熱くなる。なのに、一息ついたルアさんは仰向けになると目を合わせた。
「俺……そんなに性格……変わる?」
「ま、まあ……でも、騎士(オン)と普通(オフ)を考えれば普通だと思いますよ。お義兄ちゃんも家と職場では違うみたいですから」
「いや……それ、モモカだけ……うぷっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
さらに真っ青になり、口元に手を当てるルアさんを膝から降ろすと背中を擦る。あまりの状態に医務室へと提案するが断られてしまった。
「気にせず……仕事……を……」
「でもっ!」
「水やりはもう……してあ……る」
「そんな……自分を大事にしてください!」
「俺は……もう無理だけど……こいつを……モモカに……」
震える彼の手に風が集まると、全長四十センチほどの黒の羽に胸部は白く黄色の嘴を持つ隼(ハヤブサ)が生まれる。同時にルアさんの手が地面に落ちた。
「ルアさーーーーーーんっ!!!」
叫びが響くと、隼が頭に乗った。
* * *
「んで、青薔薇は天に昇ったって?」
「昇ってないです!」
『昇ってねぇよ』
正午前。まだ人もまばらな第一食堂。
半泣きのわたしの前に和風スパゲッティを置いたケルビーさんは眉を上げたまま隣に座る。
ちなみにわたしの頭に乗っている隼さんからルアさんの声が聞こえるのは彼の分身みたいなものだからだそうです。見て聞いたものが主人にも伝わり喋れるなんてすごい魔法ですね。
そんな隼ルアさんをケルビーさんは突いては突かれながら溜め息をついた。
「暗ぇから何かと思えば、単なる体調不良だろ」
「そうですけど……水やりより紐を切るのが先じゃないですか」
「いや、全部てめぇの兄貴のせいじゃねぇか……」
瞼を閉じたケルビーさんは頭をかきながら何かを呟いたが、聞こえず手を合わせる。
今日もバッチリと前髪をアップにした彼は副料理長さんのはずなのにコック服も帽子もなく通常スタイル。もうすぐ忙しい昼食時間なのに落ち込んでいたわたしに声をかけてくれた上、お話どころかご飯も持ってきてくれた。顔は怖いのに優しい人です。しかも。
「美味しいです~」
「たりめーだ」
フォークに麺と茸と水菜を絡ませ口に運ぶと、以前食堂で食べた時とは違う味。前のも美味しかったですがそれ以上です。
間も置かず食べていると水も渡され、片肘を付くケルビーさんは呆れながらも嬉しそうな顔をしている。水を飲み終えたわたしも笑みを向けた。
「こんな素敵なケルビーさんを恋人さんに持つジュリさんが羨ましいです」
直後、肘からズリ落ちたケルビーさんが勢いよく机に顔を打つ音が響いた。あまりの大きな音にわたしもフォークを皿に落とし立ち上がるが、周りは沈黙した気がする。わたしは彼の肩を叩く。
「ど、どうしました!? 大丈夫ですか!!?」
「てめぇ……なんでジュリのこと……」
「へ? あ、ルアさんに聞きました。会ったことはないんですけど同じ庭師さんでケルビーさんの恋人さん……!?」
また何かやらかしたのかと顔を青褪めていると、俯いていたケルビーさんが顔を上げる──泣いていた。
ポロポロと滴を落とす彼に周りも呆然としていると、グローブをした手がわたしの頭を余裕で掴み、大きく回される。
「ふんきゃあああぁ~~~~!!!」
「わかってんじゃねぇか、ガキ!!!」
「な、何がですかあぁ~」
「そうだ、オレ様はジュリを好きなんだ。愛してんだ……恋人なんだ……なのに……!」
『わかったから、その汚い手を離しやがれ。散らすぞ』
「んだと青ば……お、悪ぃ」
宙を飛ぶ隼ルアさんの声で頭を離されるが、ぐらりと酔いを覚えたわたしは口元を押さえる。しばらくご飯の続きが食べられず、ケルビーさんがどれだけジュリさんを愛してるかを傍聴。美味しいパスタがのびたことは言えず、硬いままなんとか完食。ごちそうさまです。
そんな休憩を終えると、ケルビーさんが元気よく立ち上がった。
「んじゃま、ジュリのとこ一緒に行くか!」
「ふんきゃ?」
「今日はもう仕事ねーんだろ? 昼飯持って行く時間だし、紹介してやるよ」
怖い顔どこいったのケルビーさんは満面の笑み。返事も待たず食器を片付け、部下にジュリさんの分を頼んだ。
彼の言う通り、今朝ルアさんが水やりしてくれていたのと、あまり咲いてなかったのもあり薔薇園の仕事は午前で終了。ふんきゃ、滅多にない機会なので行きましょう。食事を乗せたトレイを持つケルビーさんに、目を輝かせたわたしは頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「よっしよっし! やかましい兄貴と違って素直なガキじゃねぇか!!」
『グレイにチクるぞ』
わたしの頭を叩く手が隼ルアさんの声で止まる。
数秒後、咳払いしたケルビーさんは出入口に向かって歩き出した。
「よっし、行くぞ」
「待たんかーーーーっっ!」
頷きを返す前に後ろから大声が上がる。
振り向くと、腰を大きく曲げ、右手に杖を持つ七十代ぐらいのお爺さんがいた。コック服と長い帽子を被り、白の眉を吊り上げている。
「ケルビバム! もうじき戦闘がはじまるというにどこへ行く!!」
「んげ、料理長(ジジイ)……別にオレ様がいなくても回んだろ」
「バカタレが! コックも騎士も大事な持ち場を離れることなどあってはならん!! 貴様それでも一人前のコックと団長か!!!」
杖を振り回す元気なお爺さんは料理長様でしたか。
同時に忙しい昼食前だったのを思い出し、ケルビーさんに囁いた。
「あの……また別の日に」
「いや、オレ様は今すぐにでもジュリに会い「バカタレーーっ! 食事などそこの小娘に──っ!?」
本当に団長さんって自由だと内心思っていると、お爺さんの紫の双眸が大きく見開かれる。すると突然尻餅を着いた。ケルビーさんとニ人慌てて駆け寄るが、お爺さんは震えながら青褪めた顔でわたしを見上げる。
「な……なぜ……お主が……」
「んきゃ?」
「……生きて」
「ジジイ、どうした?」
目の焦点が合わないほど震えるお爺さんを、トレイを机に置いたケルビーさんが支える。お爺さんはわたしを見つめたまま震える口を開いた。
「なぜ……異世界人……が」
「え……?」
わたしも目を見開いた────。