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​09話*「居心地良さ」

 口喧嘩を続けながらも、お義兄ちゃんとルアさんと三人楽しい昼食。

 食べ終えると、お仕事のお義兄ちゃんを見送り、第一食堂の裏庭へと出る。温かくなったおかげで小さな花が草むらから顔を出し、自然と笑みが零れた。しばらくして休憩に入ったプラディくんが手を振りながら走ってくるのが見えたわたしも手を振り返す。

 木陰の下に座ると今朝の話をするが、どうやら彼は第ニ食堂担当で関係なかったとのこと。安堵するわたしにプラディくんは笑いながらスカーフを解いた。

「副料理長……ケルビバム様、頭に血が上りすぎると魔力の暴発を起こすんだよ。普段は山岳地域を統治しててフルオライトにはいないけど、誕生祭とか大事な式典前には帰ってくるんだ。で、だいたい暴発起こすから帰国後すぐ結界が張られる」

「じゃあ、プラディくんや食堂部のみなさんって赤薔薇部隊なんですか?」

「何人かはそうだけど、オレみたいなコックが多いよ。兼業とかキツイだろ」

 溜め息をつくプラディくんに笑いながら視線を動かすと、離れた樹木を背に瞼を閉じたまま立つルアさんが見えた。『たまに性格が変わる』と言われた通り今も雰囲気が違う。のんびりルアさん、怖いルアさん、さらに怖いルアさん……あれは無心のルアさん?

 首を傾げていると、プラディくんも彼に目を移す。

「あれがモモっちの言ってた騎士様か」

「はい、ケルビーさんと同じ団長さんです。でも、そっとしてもらいたいみたいなので内緒でお願いしますね」

 『青薔薇』だけで怖いルアさんが降臨したので『薔薇』『兄妹』に次いでNGワードに追加する。全部を言ってしまったわたしがお願いできる立場ではないが、大きく頷いたプラディくんは再びルアさんに目を向けた。

「ケルビバム様は熱血って感じだけど、あの人は静かっていうか……同じ団長とは思えないほど性格違うな」

「ですね。他の団長さんを知らないのでなんともいえませんが……プラディくんは他の団長さんを見たことあります?」

 七つの部隊を持つアルコイリス騎士団。

 その内、青のルアさんと赤のケルビーさんしか知らず訊ねると、考え込むように腕を組んだ。

「他か……だいたいが統治区に住むって聞くし見ただけじゃな……ま、ケルビバム様みたいにタトゥーがあるとか腕章してない人じゃね?」

 ケルビーさんの左肩にあった赤薔薇のタトゥーを思い出す。

 他にも通常は自団色の腕章を付けるのに、ルアさんとケルビーさんは付けていなかった。つまり腕章がなくて剣を持っていれば団長さんの可能性……あれ? でもケルビーさんは剣を持ってなかったですよね? 武器は包丁?

 疑問符を浮かべていると指を鳴らす音で我に返る。

「確かケルビバム様の恋人も団長だぜ」

「えっ、フられたっ(禁句ーーーーーーっっ!!!)

 大声を上げる口を小声で叫ぶプラディくんの両手で塞がれた。

 彼の顔は青く、汗をかきながら周りを見渡すと口元に人差し指を持ってくる。必死さに頷くと、ゆっくりと両手が外され、大きな溜め息をつかれた。ふんきゃ、ごめんなさい。

 頭を下げるとプラディくんは頭をかきながら城を見る。

 

「なんか、すんげーゾッコンらしいんだけど全然相手してもらえねーんだと。たいがいそれのせいで暴発が起きんだよなー」

「恋人……ですよね?」

「て、あの人は言ってるけど知らね。食事は部屋で取る人だけど、全部ケルビバム様が持ってくから殆どのヤツは会ったことねーし、ケルビバム様がいない時はメイドさんが取りにきて……どんな女だってんだ」

 また大きな溜め息をつくプラディくんの肩を小さく叩く。

 第ニ食堂担当のはずなのに迷惑してるのがわかります。それにしても女性が団長さんをしているってことですよね。しかもケルビーさんがわざわざ食事を運んで行くほど大切って……どんな人なんでしょうか。

 

 

* * *

 

 

「……ジュリのこと?」

「ジュリ……さん?」

 

 薔薇園に戻る途中、ルアさんにケルビーさんの恋人について聞くと一人の名前が出てきた。聞き返すわたしに、隣を歩くルアさんは頷く。

「うん……『紫薔薇騎士(モラドロッサ)』。女性団長ニ人の内の一人」

「女性の団長さんがニ人もいるんですか」

「『虹霓』の虹は雄……霓は雌竜って意味だから……実力あればモモカでもなれる。ならない?」

 新しい知識を脳内メモしながらまさかの勧誘に慌てて首を横に振る。残念そうに眉を落とすルアさんはわたしの何を見てなれると思ったのでしょう。

 そんな彼に“ジュリさん”はどんな人なのか聞くと視線を上げた。

 

「おっちょこちょい……」

「んきゃ?」

「あと……毒舌」

「んきゃ?」

 

 そう言って頷くルアさんにわたしも視線を上げる。

 “おっちょこちょい”と“毒舌”の組み合わせにピンとこず、確認した。

「ケルビーさんの……恋人さんですよね?」

「……さあ?」

「うえええええーーーーっっ!!?」

「いや……俺もよくわからないんだ。いつもジュリがケルビーを罵ってるから……てっきりフられてるんだと思ってた。あのニ人……付き合ってるのか?」

 片眉を上げるルアさんが真剣な眼差しを向ける。

 いえ、聞いてるのはわたしです。そもそも“ジュリさん”をわたしは知りませんと付け足すと、足を止めたルアさんは首を傾げた。

「モモカ……会ったことないのか?」

「はい、記憶には……」

「ジュリの副業はモモカと同じ庭師だよ……西塔の」

「ふんきゃ!?」

 

 その言葉に目を大きく見開く。

 フルオライト城にある東西南北塔の外側には四つの庭園があり、花の栽培及び研究が行われている。わたしが管理=庭師する東庭園も昔は薔薇で何かを研究していたらしいですが今は栽培だけ。

 

 北庭園では様々な花から薬を作る研究が行われ、フルオライト国の宰相さんが庭師。南庭園は残念ながら閉鎖中でわからないが、西庭園では水辺や蔓植物の他、ハーブが育てられている。わたしも何度かお婆さんに貰い、てっきりその方が庭師さんだと思っていたのですが……違うんですか?

「その人はジュリの祖母……ジュリも普段は国外にある水源地域を統治してるから代理だよ……でも、他の連中よりは国にいる」

「あ、会ったことないです」

「そっか……ま、ケルビーを見る限りジュリも帰ってるみたいだし……いつか会えるさ」

 『他の団長とも』と付け加えたルアさんは歩きだす。

 異世界生活四年にもなるのに知らないことが多すぎる自分が恥ずかしい。でも、せっかく普段国外にいるルアさんを含め、他の団長さん達が帰国しているので、この機会に勉強して交流を深めたいです! 教えてもらわないとダメなことばかりですけど!! ともかく今は団長さん全員と会うことを目標に!!!

 そう意気込みながら足を進めると、立ち止まり、指をさすルアさん。

 目前には四メートルはある高強度の薔薇園の門。頷いたわたしは首に下げていた鍵を取り出し、太い南京錠と扉の錠を解く。そして力いっぱい両手で押した。この扉を開く瞬間がわたしは大好き。

 射し込む太陽と風が隙間から溢れ、一瞬瞼を閉じる。でも、開いた先には花弁が舞う薔薇園が迎えた。

 昨日まで蕾だったものが開花しているのを見た時は本当に本当に嬉しい。

 午後も頑張るぞと気合を入れるように足を薔薇園に入れると、立ち止まったままのルアさんに気付いた。彼はジっと廊下を見つめている。

「どうしました?」

「……先に入ってろ。終わったらすぐ行く……」

「? はい」

 お手洗いなら邪魔はいけないと扉を閉め、キラさんから貰った種を今日こそ植えようと薔薇のアーチを潜った──。

 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 

 

 重たい音を立てながら扉がゆっくりと閉まり、反動で髪が揺れる。

 モモカが扉から離れる気配を瞼を閉じたまま感じると左手で鞘を握り、親指で鍔を押した。小さな音と同時に細めた瞳と口を開く。

 

 

「──出てこい」

 

 

 声は低く、一瞬だが空気がざわついた。

 それだけで戦闘慣れしていないのがわかり、内心溜め息をつきながら続ける。

「昼食前からつけ回ってたのは知ってる。けど……もうウザイから、とっとと出てきて用件を言え」

 

 薔薇園を出てから感じていた視線。

 悪意も殺気も感じられず『見張り』だとわかったが、監視続けられるものほど不快になるものはない。しかも自分ではなくモモカに向けられていることにグレイではないが苛立ちを覚え、剣を抜いた。

 

「出てこないならいい……」

 

 周囲に風が集まると、誰もいないはずの廊下に切っ先を向ける。

 モモカがいたから抑えていたが、元々我慢するのも視線を向けられるのも俺は嫌いだ。

「てめぇを散らして、遺体からどこのヤツか調べてやる」

『ひっっ!?』

 

 

 殺気に、裏返った悲鳴が上がると気配が消えた。

 素早さにいくつかの予想を立てながら剣を鞘に戻し舌打ちするのは、グレイの言った通り面倒が起きているのを理解したからだ。普段ならそんな面倒事に突っ込む自分ではないのに、護衛を承諾したのが今でも不思議でならない。

 両手を見ると未だに彼女と手を繋いだこと、そして抱きしめた時の居心地良さを思い出す。柔らかく温かい彼女へ動く無意識の行動はなんなのか。違うはずなのに惹かれるのはなぜなのか。依頼終了の誕生祭まで……何かわかるだろうか。

 そんな想いを胸の奥に留めながら、彼女のいる扉を開いた──。

 

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 同時刻の宰相室。

 天井まである窓から射し込む太陽がニ人の男を照らすが、その表情は異なる。

 椅子から立ち上がったグレッジエルはペンを床に落とし、灰青の瞳を見開いていた。視線の先には立ったまま窓の外を見つめる男。

 同じ白のローブを纏う背中には虹色の竜と薔薇の文様が施され、蜂蜜色のベリーショートの髪。その髪が輝く男にグレッジエルは聞き返した。

「今……なんと仰いました?」

「聞こえなかったのか? そりゃ珍しい」

 呑気な笑い声。同時に振り向いた男は深緑の双眸と笑みを向けた。

「来週の国王誕生祭にグレッジエル、お前の義妹が管理する薔薇で会場を飾れ」

 男の名は、ノーリマッツ・アガーラ。

 北庭園庭師であり、グレッジエルの上司。そして、フルオライト国の──宰相。

*次話はモモカ視点からはじまります
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