番外編14*キスシリーズ「額」
※ルア視点
見頃となった薔薇園は毎日賑わっていた。
俺も水撒きや手入れを手伝うが接客は不得意のため、開園中の今は塀の上で様子を伺っている。鷹グレイにどやされても、苦手なものはどうしようもない。
むしろグレイよりは出来る……という自信もないな、うん。接客無理。
「それにしても……暑いな」
シャツを腕まくりすると、真上にある太陽を手で遮る。
日陰にいるとはいえ例年よりも暑く、風魔法で扇ぐついでに、走り回っているモモカにも風を送った。とても涼しそうな顔をしたが、普通に吹いた風と勘違いしてそうで内心笑ってしまう。
気を取り直して庭園を見渡すも、昼間の暑さに堪えているのか客足は鈍い。
「さすがに……この暑さじゃな……と」
視線を日陰に移していると、人影を捉える。
それは薔薇を見に訪れたカップルだが、堂々とキスをしていた。暑さに加え従業員も少ない、さらに満開の薔薇というシチュエーションは最高だろう。真上からはバレバレだが。
「……どうしたもんかな」
さすがに邪魔するわけにもいかないが、モモカが見たら発狂もの。
これが顔見知り、ケルビーとジュリだったら構わ……いや、俺が邪魔するな。家でしろ。マジで。そんなわけで突風を送ると、案の定カップルは驚いて薔薇園から出て行った。一息吐くと壁に背を預ける。
「まあ……魔力の譲渡だったら仕方ないけど……モモカ、ホントよく生きてるな」
モモカの魔力は感じ取れないほど弱い。
普通なら入院ものだと思うが、今も元気に走り回っている。もっとも毎回このテの話題になると挙動不審になるし、何かしら理由があるんだろう……答えてはくれないだろうが。
「……本当に魔力が弱いだけなら俺……どうしてたかな」
今まで感じたこともない気持ちが込み上がる──。
* * *
「ふんきゃ、お疲れ様でした!」
閉園時間になり、戸を閉めたモモカは笑顔で頭を下げる。
癖だとは思うが、何度も頭を下げられるとこっちが申し訳なくなり、頭を横に振った。
「いいよ……それより……あんまり手伝えなくてごめんね」
「いえいえ、朝の手入れだけでも充分ですし、結界も張ってもらってますから!」
肩を落とす俺に、モモカは気にした様子もなく笑顔を返す。
普通は安堵するかもしれないが何故か良心が痛む。そこで、モモカの額から流れてくる汗に気付き、咄嗟に持っていたタオルで拭った。
「あ、すみません! 自分でします」
「いた……首の後ろとか、見えないとこもあるから」
身じろぐ身体を押さえるように抱きしめると熱くなる。
それは何時間も炎天下で走り回っていた彼女の熱。息を乱すような声と落ちる汗は今日も頑張っていた証拠。
「モモカ……大丈夫?」
「ふんきゃ、元気です!」
「……本当?」
「……確かに、ちょっと疲れた……かも?」
目を細めた俺に、顔を伏せたモモカの視線が右往左往する。
その顔は真っ赤で、内心笑いながら汗ばんだ前髪を手で払うと、そっと額に──口付けた。
「ふんきゃ!?」
触れた唇に、モモカの身体が跳ねる。
舌先で小さく舐めればさらに跳ね、くすくす笑いながら唇を離すと抱きしめた。腕の中でまた顔を真っ赤にさせたモモカは口を金魚のようにパクパクさせている。
「かわいいね……」
「ん、きゃ、と、え!?」
「うん……かわいい」
すんなりと出てしまう言葉。自分から出るとは思わなかった言葉。
でも言葉に出すだけで嬉しくなり、自然と笑みが零れた。モモカはまた固まってしまったが、構わず背中や髪を撫でるとまた額に口付ける。
額へのキスは──祝福。
出会えたこと、この腕にいること、確かに存在する彼女。
たとえ見上げる瞳が漆黒でも、満開の薔薇があろうとも、今の俺は幸福(しあわせ)だ。その先を伝えるのはもう少し後だろうけど、いつか違う祝福を贈りたい。
きっと……──ね。
「貴様、覚悟は出来ているんだろうな?」
「覗き見してたストーカーに言われたかねぇよ」
「吊るし上げる!!!」
「ケンカはダメですよーー!」
問題はこの義兄(シスコン)だよなー……────。