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番外編​12*兄と甘酒と桃

※終盤のネタバレ&微エロ有

 今日は十二月三十一日。いわゆる大晦日です。
 ルアさんとお義兄ちゃんと三人、年内最後の薔薇の手入れを終えると家で年越し蕎麦を完食。途中ルアさんは魔物の気配があると出て行ってしまい、ソファに腰をかけたわたしはカーテンが閉まった窓を見つめる。

「大丈夫でしょうか……」
「心配するほど損とはヤツのことだ。どうせ終われば自宅(テント)に帰るだろ」

 

 嫌々に言いながら洗い物を終えたお義兄ちゃんは、一升瓶とグラスを二つ持って隣に座る。注がれるとアルコールの匂いがし、わたしは眉を落とした。

「……飲まないですよ」 

 

 クッションを抱きしめるわたしに、お義兄ちゃんは苦笑する。
 この国では十五歳から成人のためお酒も飲めるようになるのですが、去年はじめて飲んだわたしは記憶がない。数日お義兄ちゃんが顔を逸らしていたので失態を起こしたんだと思います。

「いきなり強いのを飲んだせいだろ。今日のは甘酒だから飲みやすいはずだ」 

 

 差し出されるカップに一瞬戸惑う。
 でも、自身のカップも持ったお義兄ちゃんを見ると受け取るしかなく、渋々乾杯。一気飲みする義兄に驚きながらも、鼻にツンと来ない匂いに恐る恐る一口飲んだ。

 

「美味しい……!」

 

 去年飲んだ物は辛味が強かったですが、これは名前の通り甘くて飲みやすいです。目を輝かせるわたしに、お義兄ちゃんはくすくす笑いながら注ぎ足し、瓶の底が見えてくると新しいのを取りに行った。

 

 いつもなら自分が行くのに、美味しいお酒さんに出会えて舞い上がっているのか『今年はなるだろうか』と呟く声さえ聞こえなかった。

 


* * *

 


 気付けばテーブルの上には空の瓶が数十本。
 当に十時を過ぎてもわたしは笑顔でお義兄ちゃんの腕を抱きしめていた。

「んきゃ~お義兄ちゃ~ん~大好きです~~」
「ん? ああ、ありがとう……やはり去年と同じ量か」

 

 返事してくれたのに、瓶を見ながら呟かれ、頬を膨らませる。

 

「ぶ~お義兄ちゃん、わたしよりお酒さんが好きなんですか~?」
「いや? モモが好きだ」

 

 即答に近い“好き”に、顔を近付ける。
 お義兄ちゃんは驚いたように目を見開くが、すぐ笑顔になったわたしは両手を首に回した。

 

「わ~い! お義兄ちゃんに好きって言われた~わたしも~一番ですよ~」
「…………酔ってるモモに言われてもな」
「ぶ~酔ってないです~」
「ほう、なら……キス出来るか?」

 

 一瞬眉を顰めたお義兄ちゃんは意地悪な笑みを浮かべるが、構わずわたしはキスする。ほっぺに“ちゅっ”と。次いで耳に額に鼻。そして唇に小さなキスをした。
 えへへと笑うと、お義兄ちゃんは目を丸くするが、くすりと笑うと両手の手袋を外す。露になった本物の手に頬を包まれ、わたしは嬉しくて笑顔になる。

 

「良い子だ……」
「良い子~わ~い……んっ!」

 

 綺麗な顔が近付いてきたと思ったら、いつの間にか唇と唇が重なっていた。 
 呆然と受けるしかないわたしとは違い、お義兄ちゃんは髪を数度撫でると片手を後頭部に回す。その手に押されると口付けが深くなった。

 

「んっあ……お義兄ちゃ……んっ」
「ん……煽ったのはモモだ」

 

 ちゅっと唇が離れると、わたしがしたみたいに鼻に額に耳に頬に口付けが落ちる。する方とは違い、される方はくすぐったい。そればかりか口付けられた箇所が熱くなった気がする。

「どうした、モモ……やけに熱いが」
「わ、わかんないです……お義兄ちゃんに……キスされるとなんか……あっ」

 息を荒げながら見つめると、肩にお義兄ちゃんの顔が埋まる。冷たい眼鏡のフレームが当たり、ビクリと跳ねた瞬間、首筋に吸いつかれた。

 

「ひゃあっ……」
「おかしいな……私はキスなんかしてないのにモモの身体が熱い……風邪でも引いたか?」

 

 心配するような言葉とは裏腹に、どこか楽しそうに聞こえる。
 実際さっきよりも身体は熱く、さらに吸いつかれた箇所をチロリと舐められるとゾクゾクしたものがお腹の奥から駆け上ってきた。風邪とは違う感覚に、目尻に涙を溜めたわたしは助けを求める。

「お義兄ちゃん……なんか熱くて……変に……」
「酒のせいじゃないか?」

 

 支えるように片手で腰を抱いたお義兄ちゃんは反対の手でグラスにお酒を注ぎ足し、自分の口に運ぶ。と、わたしに口付けた。

 

「んっ、ん……」

 

 重なった唇からお酒が流し込まれる。
 くらくらするほど甘くて気持ち良いこの感覚はアルコールのせいなんだろうかと喉に通していると、口元からお酒が零れた。

 それを左手で拭ったお義兄ちゃんはなんの躊躇いもなく舐めた。恥ずかしさから顔を覆いたくなるが、朧気でも手の甲に描かれた薔薇が目に入る。

 

「藍色……?」

 

 指摘に目を瞠ったお義兄ちゃんは慌てた様子で左手を隠す。でも、わたしの視線に溜め息をつくと手の甲に目を落とした。

 

「存在しないからといって隠すのもおかしな話だな」
「? あるじゃないですか」

 

 呟きに灰青の瞳が丸くなる。
 両手で左手を包んだわたしは、数センチでも夜に染まったような鮮やかな藍薔薇に微笑んだ。

 

「ここにちゃんと……藍色の薔薇」
「モモ……」
「わたしも作ってみせますから、待っててくださいね」

 呟きながら藍薔薇の上に口付けを落とす。
 青薔薇と同じで生花は難しいかもしれない。でも、作っている身としてはどんな色でも咲かせてみたい。お義兄ちゃんがないというこの藍薔薇も……作りたい。

 

 そんな思いを口にすると、ぎゅっと強く抱きしめられる。
 肩に顔を埋める義兄の顔をそろりと覗く。横からでも頬が薄っすらと赤いのがわかった。珍しい表情に目を丸くすると口付けられる。一回だけでなく、離しては何度も重ねる荒々しい口付け。

「んっ、ふ……」
「モモ……もうダメだ」

 

 苦しそうに話すお義兄ちゃんの声が、くらくらする頭に聞こえる。
 抱きしめられたままゆっくりとソファに押し倒されると、眼鏡を外したお義兄ちゃんは跨がり、わたしの頬を撫でた。

「去年モモに跨がられた時は困惑するだけだったが……自覚した今、ダメだな」
「自覚って……?」
「…………モモが好きで欲しい……身勝手な欲求だ」

 

 頬を赤くした顔が近付くが、どこか苦しそうに見える。
 既に考える力なんてないわたしだが“好き”“欲しい”。それが自分のことだと全身に巡ると、両手で義兄の頬を包んだ。驚きとは反対にわたしも頬を赤め微笑む。

「お義兄ちゃんの好きなようにして良いですよ……わたしもお義兄ちゃん大好きで……抱きしめられるのもキスするのも気持ち良いから……」

 

 同じように頬を赤めたわたしの言葉に、お義兄ちゃんも顔を赤くさせたまま目を逸らした。

 

「…………モモの言う“好き”とは違うんだがな」
「ふんきゃ?」

 

 溜め息に首を傾げるが、わたしの右手を取ったお義兄ちゃんは薬指で光る指輪に口付ける。

 

「だが、せっかく姫君(プランセッス)のお許しが出たからな……俺が満足するまで離さないぞ」

 

 熱の篭った瞳と柔かな笑みに、またゾクゾクしたものが駆け上ってくる。逆らうことは出来ない感情に小さく頷くと口付けが落ちた。

 

 それは優しくて甘い口付け――。

 


* * *

 


 翌朝目覚めると大きな壁がありました。 
 ペンペンと叩くとどうやら胸板のようで……前もあったような気がして恐る恐る顔を上げると、カーテンから零れる光に輝くのは藤の髪。何よりすやすやと眠る綺麗な顔は――グレイお義兄ちゃん。

「ふん……きゃーーーーんんっ!」

 

 悲鳴を上げるが、前回同様抱きしめられる。
 でも今日はシャツさえ着てない、生の胸板に押しつけられた。見た目に反して脱げばすごいんですと言うように上半身裸の義兄に目を逸らす。が、自分もワンピース型のキャミソールだけに気付く。

「おおおお義兄ちゃん! なななななんでわたしわたし!! パジャマ着てないんですか!!?」
「ん……モモが……自分で脱いで……脱がしたんだろ」
「わたし!?」

 

 胸板を叩いていた両手が止まる。
 驚きを通り越して絶句するが、灰青の瞳を僅かに開いたお義兄ちゃんは口元を緩めるとわたしの背中を撫で、耳元で囁いた。

 

「覚えてないのか? 俺から離れたくないとねだって甘えて……気持ち良いと言って」
「ええっ!?」
「覚えてないのか?」

 

 甘い声とまさかの告白に驚くが、再度の問いに頭を横に振った。 
 するとお義兄ちゃんの口角が上がり、顎を持ち上げられる。眼鏡をしていない綺麗な顔が近付くと動悸が激しくなるが、それが良いのか悪いのかわからない。
 鼻と鼻がくっつき、柔かな唇が一瞬触れた。

「覚えてないなら仕方ない……」
「お、お義兄ちゃ「今から思い出させてやろう……じっくりと」

 

 その笑みと声に脳内も身体も悲鳴を上げるも抵抗は出来ず、太陽よりも熱い新年を迎えた――――。

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