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45話*「屋根裏部屋」

 扉にアヤメの彫刻が施された『蔓庭園』に入ると藤棚に歓迎される。
 ひらりと落ちてくる花弁の色にお義兄ちゃんが浮かび、自然と笑みが零れた。

 前回訪れた時は閉じていた池のアヤメや蓮は開花し、先日見分け方を習ったせいかつい観察してしまう。笑うルアさんにも教えると二人でガン見してしまい、他のお客さんにも笑われてしまった。

 しばらく観賞と雑談を交わしながら中央に架かったアーチ橋を渡ると、紫の腕章をしたメイドさんに会釈され、チビ塔へと案内される。途中、ルアさんに先ほどのことを訊ねた。

「あの、ナナさんに嫌われてる理由がわかったって言ってましたけど……」
「ああ……うん、恐らく……というか間違いなく二年前のことだ」
「二年前って、ちょっとした事件があったっていう?」

 

 お母さんの件のように聞いてはいけないかと内心ビクビクしていたわたしとは裏腹に、気にせず話してくれるルアさん。そんな彼に安堵すると、少しだけ話してくれた二年前の内容を思い出す。ナナさんは見ていないと言ってましたが……。

「そう思ってたけど……どっかで見てたかもしれない。それか義母さんから聞いたのかも」
「お母さん?」
「うん……俺以外であの場にいたのは義母さんだ……あと、火事のことも義母さんから聞いたんだと思う。あの人……元、南庭園の庭師だから交流あっただろうし」
「ふんきゃ!?」

 

 歩きながら淡々と話してくれる内容に驚くと同時に足が止まった。
 ちょ、ちょっと待ってください! クエッションが積み重なってわけがわからなくなってきましたよ!! というかルアさんのお母さんは……あ、再婚されたならナナさんのお母さんで、ルアさんにとっては“お義母さん”。が、南庭園の庭師さん!!?

 脳内ショートしたのか、口を開けたまま目が点のわたしにルアさんもメイドさんも立ち止まる。ふんきゃ、ちょっと整理させてください。

 えっと、わたしがフルオライトにやってきた四年前はまだ南庭園は開いてました。
 入った記憶はないですが、カルガモしてる時に扉が開いているのを見たことがあります。庭師になる前に閉鎖したので誰がしてたかまではわかりませんが、思い返せば閉鎖したってお義兄ちゃんに聞いたのも二年前だったような。

「そのちょっとした事件って、南が閉鎖した理由にも繋がるんですか?」
「正直……わからない。俺も“ちょっと”ぐらいしか思ってなかったけど……ナナの怒り具合を考えると……」

 

 止めていた足を進めながら見る彼の眉は上がり、青水晶の瞳が揺れているのが横顔でもわかる。見つめていると一瞬瞼が閉じられるが、いつもの瞳に戻っていた。

「ともかく……調べてみる。南は閉鎖中だけど……青薔薇(おれ)なら申請すれば入れると思うし……」
「あ、ちゃんと申請するんですね」
「うん……閉鎖区域の無断侵入って処罰デカいんだ」

「お義母さんのお見舞いには行かないんですか?」

 ふせっていると言っていたナナさんを思い出し提案するが、背を向けたまま立ち止まってしまった。つられるようにわたしも立ち止まると、振り向く彼の後ろには太陽よりも赤い夕日。
 眩しさを手で遮るが、彼の上半身まで隠れてしまって少しずつ手を上げる。すると、口元で笑みを浮かべているのがわかり安堵するように手を退けた──けれど。

「無理だよ……俺は義母さんにも嫌われてるから……ナナ以上に……」

 

 揺れる青水晶の双眸は最近知った表情。でも、今にも泣き出しそうなぐらい切なく見えた。
 胸の奥が痛みだす中、なんとか足を進め、伸ばした手で彼の手を握る。その手はいつの日かと同じぐらい冷たくて、両手で包むと顔を上げた。

 

「じゃあ、せめてお見舞い品を贈りませんか? お花とか千羽鶴とか」
「千羽鶴?」

 

 驚いたような顔をするルアさんに頷く。
 ちょっと違うかもしれませんが、わたしも風邪を引いた時ルアさんやみなさんがお見舞いにきてくれて嬉しかった。直接は無理でも、プレゼントに一筆そえるだけでも違うはずですと言うと、ルアさんは苦笑する。

「いや……俺そんな気の利いたことできないよ……ふせってだいぶん経つし」
「それは千羽鶴を折ってたから!、というのは?」
「ドヤ顔で嘘を言われても……そもそも鶴なんて折ったことないし……」
「えっと、まず三角に折って」
「あのぉ、塔に着いてからでもよろしいでしょうか?」

 ハンカチを取り出して説明していると、申し訳なさそうに声を掛けるメイドさんに慌てて謝る。するとルアさんに手を差し出され、すぐその手を取った。優しく包まれた手は引っ張られ、メイドさんの背を追う。
 もう一ヶ月一緒にいるせいか、歩幅も合わせてくれる彼を横目に繋いだ手に視線を落とした。

 わたしの手を包む手はやっぱり冷たい。
 でも、向かう先にある夕日のように頬が熱くなっている体温が全身をめぐっているのか、繋ぐ手も徐々に熱くなってきた。

「モモカ……」
「は、はいっ!」

 

 意識が別にあったせいか、突然呼ばれたことに大きな返事をしてしまった。ルアさんは首を傾げたが続ける。


「義母さんの方は……ナナと話をつけてから考えるよ。あいつが何を聞いたかで変わるだろうし……取り合えず隼で様子伺ってみる」
「じゃ、その間に千羽鶴作りですね!」
「こだわりすぎ……」

 

 風がルアさんの前髪を揺らすと笑っているのが見えた。
 握る手も少しずつわたしの持つ体温とは違う温かさに変わり、その手を強く握ると目が合う。変わらない優しい眼差しが嬉しくて、笑みを返した。

 

「あらあら、初々しいカップルですわね」
「ふんきゃ!?」

 

 楽しそうな笑い声に身体と心臓が跳ねる。
 手も離そうとしたがルアさんが離してくれず、ワタワタしながら振り向いた。背後に立っていたのは紫紺の髪を後ろでお団子にしたジュリさん。笑う彼女の手にはいつもの杖はなく、ハーブが摘まれた竹籠に白のエプロンをしていた。その姿にまだ仕事中だと気付く。

「あ、お手伝いしますよ!」
「ふふふ、お気遣いありがとうございます。でも、モモカさんはお客様ですから気になさらないでください。青の君、ゴミ拾いお願いしますわね」
「へ……?」

 

 自身を指すルアさんにジュリさんはゴミ袋を手渡す。
 対応違いになんて言おうか迷っていると、ルアさんは手を離すことも動くこともなく『風』でゴミを集めて袋に運ぶ。便利ですね。

「魔法に頼りすぎると老化が早くなりましてよ」
「……そうなの?」

 

 竹籠と脱いだエプロンをメイドさんに渡すジュリさんに驚いたルアさんはピタッと魔法を止めた。お団子にしていた髪を解いた彼女は微笑むと踵を返し、別のメイドさんと話しはじめる。
 その間にルアさんと二人本当なのか嘘なのか議論した結果。

 

「「運動大事!!!」」
「そういえば青の君、黄の君と殺り合うなら別の場所でなさってくださいませね。西庭園(ウチ)に被害出しましたら掻き消しましてよ」

 

 結論がスルーされた上の指摘に、顔を青褪めたルアさんはわたしを抱きしめる。その身体は少し震えていて、女性団長達が怖いことだけがわかりました。彼の背中を擦りながらわたしは訊ねる。

「さっきの見てたんですか?」
「気配でわかりますわ。さすがに『解放』を感知した時は止めようかと思いましたけど、よく踏み止まっていただけましたわね」
「モモカが……割り込んだから」
「まあまあ、ニーアさんが仰ってたようにモモカさんは危なっかしいですわね」

 メイドさんから杖を受け取ったジュリさんは水晶を口元に当てたまま笑う。
 恥ずかしくなりながらニーアちゃんと交流していることを聞き、会話内容を知りたいような知りたくないようなで、ルアさんのようにビクビクしてしまった。

「ふふふ、もう少しイジメたいところですけど塔の中へ入りましょうか。お祖母様もそろそろいらっしゃる頃ですから」
「あ、ご実家に伺った方がよかったですか?」

 

 てっきりジュリさんと一緒にチビ塔にお住まいだと思ってたばかりか、手ぶらできてしまった。けれど、腕を解いたルアさんがわたしの頭を撫で、ジュリさんは微笑んだまま首を横に振る。

「いつもは朝から手伝いにきてくださるのですけど、今日は監査やお客人が入りましたので、夕方きていただくようお願いしましたの」
「お客さんって、ナナさんですか?」
「彼女の前に三の王ですわね」
「サンショウウオ?」
「セルジュのこと……あいつ、そんなに花好きだったっけ?」

 

 まさかのセルジュくんがサンショウウオ!?
 キラさん以上の独特な呼び名に二人を交互に見るが、歩きながら話が続けられる。

 

「なんでも、一の王を捜してらっしゃるとかで三時間もちょこまかと」
「イチゴ!?」
「モモカ……さっきからすごい聞き間違い……まあいいか。ジュリも見てないのか?」
「見てませんわね。貴方ではありませんから国を出るとは思えませんけど、式典にも出てらっしゃいませんし、黄の君もご存知ないそうですわ」

 青色屋根のチビ塔の前に立つと、木目の扉に手を当てたジュリさんとルアさんは難しそうな顔をする。反対にわたしは目を輝かせていた。
 セルジュくんが三時間探して見つからず、式典にも出てなかったイチゴなんてすごいですね! 幻のイチゴですね!! わたしも探したいです!!!

 

「モモカの頭、怖ぇー……」
「ふふふ、ホントある意味すごいですわ」

 

 あれ、なんでか呆れられた気がします。
 疑問符を浮かべながら開いたドアの中に入ると、また目が輝く。

 

 東と同じレンガ造りでできたチビ塔。
 けれど東と違って地面は土ではなく綺麗なフローリングで、吹き抜けではなくちゃんと天井がある。アンティークや絵画も飾られ、スッキリとしたハーブの匂いを嗅ぎながら壁際にある階段を上ると、二階はメイドさんの部屋で三階がジュリさんの部屋。各階にはキッチンがあって仕切りがないので1Rといったところでしょうか。
 おかげで女性物が見え見えで、ルアさんが顔を背けてます。

 

「外で……待ってれば良かった」
「ふふふ、健全な男子ですわね。そしてわたくしの部屋の上にあるのが……」

 

 階段は三階よりも上に繋がってるが、その先は屋根。けれど、ジュリさんが手を付けると正方形に屋根板が外れた。

「ふんきゃ、屋根裏部屋!」
「屋根裏と言ってもコレしか置かれていませんわ」

 

 ワクワクする気持ちを抑えながら後に続くように階段を上ると、窓ガラスから射し込む光。輝くのは天井から吊るされた高さニメートルはある金色の鐘。ルアさん達の身長よりも少し高い所にあるが、東のチビ塔よりは断然近い。
 感動のあまりぐるぐる回っていると笑うジュリさんとルアさんに興奮しながら訊ねる。

 

「こ、この鐘って鳴らないんですか!? 鳴らしちゃダメですか!!?」
「いや……舌がないから……無理じゃないかな」
「ぜつ?」

 

 見上げるルアさんに問うと、鐘の中に入ってる音を鳴らす棒状の物のことらしい。言われてみれば普通はあるのにない。お寺にある鐘のように外からつくのでしょうか。


 

「『幸福の鐘(ディッチャ・カンパニージャ)』は“鳴らす”のではなく“鳴る”物ですよ」

 


 考え込んでいると、ジュリさんとは違う柔らかな声と足音に振り向く。メイドさんに支えられながら階段を上ってきたのは一人のご老人。

 

 身長はわたしより低く、白菫色のような髪を先程のジュリさんのように上でお団子にし、ベージュに蓮の刺繍がされたワンピースに白の靴とケープ。丸眼鏡から覗く金茶の瞳は優しく、穏やかな空気を持つのは何度か会った事がある──ジュリさんのお祖母さん。
 微笑むお祖母さんは鐘を見上げたに向けた。

 


「この『福音の塔(エヴァンヘーリオ・トーレ)』と共にフルオライト建国の際に創られ、幸福が訪れた時にだけ鳴る祝福の鐘ですからね」


 窓から射し込む光が金色の鐘を輝かせる────。

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