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37話*「ご執心」

 日が傾きだしてもわたしの足が止まることはない。

「しゅいませーん!」
「はーい! 少々お待ちくださーい!!」

 

 息を切らしながらパタパタと庭園を駆け回り、声のあった方に向かう。
 小さな女の子に誕生日のブーケを頼まれ、笑顔で承ると剪定バサミを取り出した。数本の赤薔薇を切るとカスミソウを混ぜ、セロファンと和紙で包んでラッピング。リボンは女の子に結んでもらい、メッセージカードも添えた。

 

「ありがと~う」
「こちらこそ、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

 

 出入口で会釈するわたしに、ブーケを持った女の子は笑顔でお母さんと手を繋いで帰る。見送っていると、背後から声が掛かった。

「モモちゃ~ん!」
「よう、やって……うっわ、なんだこの花!?」
「ニーアちゃん! プラディくん!」

 聞き慣れた声はメイド見習いのニーアちゃんとコック見習いのプラディくん。
 笑みを浮かべるニーアちゃんは喜ぶわたしの両手を握り、プラディくんはキラさん達から貰ったお花をまじまじ見ながら庭園を覗いた。

「お、結構お客さん入ってんじゃん」
「ふんきゃ。二人もお時間あるなら……あ、まだお仕事中ですか?」
「まさか、ちゃんと終わらせてきたのよ。閉園ギリギリだけどね」

 

 時刻は十六時過ぎ。閉園は十七時でも入園できるのは十六時半まで。
 よく見れば二人とも汗をかき、プラディくんはコック服のボタンを数個開けている。急いできてくれたことに、疲れなんて吹き飛ぶほど嬉しいです。

「あ、そうだ。これ来場者プレゼントのミニバラです」
「良かった! まだあったのね」
「ふんきゃ、残り五束です」
「サンキュー」

 

 嬉しそうに受け取ってくれた二人は薔薇園に入るが、ふとニーアちゃんが足を止めた。

 

「そういえば、青騎士様は一緒じゃないの?」
「ルアさんですか? 多分塀のどこか」
「青の君なら魔物退治に行かれましたわよ」

 のんびりと、けれど色気もある声に振り向く。今朝もきてくれたジュリさんとケルビーさんとキラさんがお揃いだ。ニーアちゃんもプラディくんも仰天の眼差しを向けるが、わたしは慌てて聞き返す。

「魔物退治って、警報鳴ってないですよね!?」
「アンニャローは気配に敏感だかんな。さっき西に飛んでったのを見たぜ」
「見た限り中級のようだし問題ないだろ。規定に思うところがあるだろうが、彼のおかげで我々は入園に間に合ったのだから感謝しているよ」

 笑うキラさんに首を傾げるが『間に合った』に薔薇園にきてくれたのだと気付く。後日かもしれないと言ってたのに、わざわざ開放日にきてくれたことに笑顔になった。
 そんなわたしの頭を撫でてくれるキラさんにジュリさんも微笑むと、ニーアちゃんとプラディくんを見る。

「モモカさんのお友達ですかしら?」
「はい! ニーアちゃんとプロディくんです。ニーアちゃんプラディくん、こちら紫薔薇部隊団長のマージュリーさんと赤薔薇部隊団長のケルビバムさんです。キラさんのことはご存知ですよね?」
「は、はじめまして」
「お、お疲れさまっス!」
「あん? ああ、第二食堂のか」

 

 同じ食堂部に所属しているせいか、プラディくんはペコペコ頭をケルビーさんに下げている。両者の自己紹介が終わると庭園に入るみなさんにもミニバラを渡した。けれど花かごに戻される。

「昼間に食堂部(ウチ)の連中が持ってきたからオレ様はいらね」
「わたくしもいただきましたから、他のお客様に差し上げてください」
「私もそこのヘディングくんから貰うよ」
「団ち……すみません」

 上着を脱いだヘディさんは白のシャツも顔もヨレヨレのまま顔を出すが、キラさんの何かを含んだ笑みに固まった。今朝からずっと来場者プレゼントや商品販売などを手伝ってくれた彼に、わたしは主であるキラさんにお願いする。

「あの……ヘディさんのおかげで今日はとても助かったのでお休みをあげてください。も、もちろんわたしもお礼しますから!」
「あっははは、気遣いは無用さ。一騎士ともあろう者がこのぐらいでヘバったりはしないよ。お礼はお茶ぐらいで構わないさ」

 笑いながら『ねえ?』と訊ねるキラさんに、ヘディさんは大きく頷く。
 わたしは首を傾げるが、他のみなさんは気にすることなく薔薇園へ足を進めた。アーチを潜る背を見ながら主従関係はそんなものなのだろうかと納得しかけていると、アーチを通ってきた涼しい風が熱くなった身体を冷やす。

 すっかり廊下は葉っぱと花弁だらけになり、閉園後の掃除が大変そうだ。
 でも、それだけたくさんの薔薇が咲いたと思えば苦ではない。夕日が沈む空を見上げると、ゆっくりと口ずさんだ。

 


*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*

 


 日が沈む 色をもつ花が
 同じ色へと姿を変える

 

 夕日が照らす淡いオレンジ
 夜の月が照らす淡い白
 同じ色へと

 

 風が揺らすと花弁が散る
 一片が一片と混ざり合う
 色は違っても同じ花
 同じ場所に生まれた

 

 共にある 仲間

 


*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*


 小声だったおかげか、庭園を出るお客さんには笑みを向けられるだけ。
 そんなお客さんに会釈し、戻ろうとすると楽しそうな笑い声が響いた。

 

「ひゃははは、職務放棄してライブごっこ?」
「ムーさん!」

 

 突然の声に心臓が大きく跳ねる。
 振り向けば変らない笑みと瞳にベレー帽を被ったムーさん。けれど汗をかいていて、なんだかお疲れのように見える。

「お仕事お忙しいんですか?」
「ひゃは? なんで?」
「いえ、顔色が悪そうなので……」

 

 入れ替わるように眉を下げたわたしを、紫の双眸を細めた彼は見つめる。けれどすぐ瞼を閉じると、一息つきながらファー付きマントを揺らした。

 

「モっちーに心配される筋合はないよ。自分の管理は自分でするのが基本でしょ」
「それは……そうかもしれませんけど……でも、体調悪いのが見てわかるなら止めますよ」

 キツイ言い方は彼の特徴なのかもしれないが、出会った時から嫌われている感が否めない。でも、今は関係ないと首を左右に振ると、彼は笑いだした。

 

「ひゃははは、モっちーってホント変な子だよね」
「よく……言われます」
「良く言えばポジティブ、悪く言えばお節介の上お人好し。まあ、何も知らなければそんな能転気でもいいと思うけどね」
「どういう意味ですか?」

 褒められているのか貶されているのか、気持ち的には後者。
 花かごを握る両手が強くなっていると、薔薇園に足を入れたムーさんは開かれたドアに背を預ける。そのまま腕を組み、薔薇のアーチに目を向けた。先ほどとは違う、控えめな声が届く。

「王様の誕生式前にさ……害虫騒ぎがあったでしょ? 花が咲かないとかで」
「は、はい。よくご存知ですね」
「ひゃははは、そりゃそうだよ。ボクがその害虫をばら撒いたからね」
「……え?」

 

 目を見開くわたしに、地面に落ちた薔薇を拾った彼は、頬に描かれた緑薔薇のタトゥーを見せるように振り向く。その口元には笑み。

「……て、言ったら、モっちーは信じる?」

 

 わたしを見つめる眼差しに、胸の奥からわからないものが込み上げてくる。
 それは言葉では言えない。だってわからないから。彼の言ってることも、真実なのか嘘なのかも。たとえ真実だったとして、初対面だった彼がなんのためにしたのか、理由も何も浮かばない。問うことはできない。
 何も言えなくなっているわたしに、手に持った薔薇をアーチに挿し込んだムーさんは笑う。

 

「ひゃははは、ここで問い詰めないところがルっちーやグっちーと違って少しは大人かな」
「ルアさんと……お義兄ちゃん?」

 動悸が激しく鳴りながらオウム返しのように訊ねると、彼は笑いながらわたしの前に立つ。身長差があまりないせいか、すぐ目の前には彼の瞳。見つめていると、彼の唇が開いた。

 

「二人はえらくアンタにご執心だからさ。ま、それを考えると探ってるのを隠すのは当然だよね──お姫様(プランセッス)」

 その声は重く、ザワリと冷たい何かと風が吹くと、世界が真っ暗になった──否。真っ暗だけど温かいものが瞼を覆っているだけ。
 背中に感じる温かさと一緒に知ってる。この温かさ……手は……。

「お義兄ちゃ……ん」

 

 呟きに世界が明るい場所へと戻る。
 眩しさに片目を瞑るが、目の前の光景に驚いた。両手を挙げるムーさんの後頭部に向けられるのは鋭い切っ先と青水晶の瞳。琥珀の髪を揺らすルアさん。

 呆然と立ち尽くすわたしの肩には黒の手が乗り、顔を上げる。
 真上には夕日で色づいた綺麗な藤色の髪と光る眼鏡。それはやっぱりお義兄ちゃん。でも細められた灰青の双眸はムーさんに向けられていた。

「小ガキ、そこを動くな。今すぐ吊るし上げてやる」
「ひゃははは、この状況で動くってどんなバカなわけ?」
「吊って散らしてやってもいいぜ……粉々に」
「ひゃは~……マジだね」

 

 二人の声は冷たい。ある意味ムーさんの時より嫌な動悸が鳴るせいか、喉に詰まっていたものが消え、慌てて割って入った。

「ル、ルアさん! 庭園内で抜刀はやめてください!! お義兄ちゃんも人を吊るとかダメですよ!!!」
「「………………」」
「聞いてますか!?」

 

 返事が一向に返ってこない二人に内心涙を零してるとムーさんは笑う。なんだか余裕です。

 

「そりゃあね。苛めてたヤツを庇うなんてバカは笑うしかないでしょ」
「わ、わたしは苛められてたんですか?」
「ていう名の忠告だよ。ほら、丁度いいから二人に聞いてみれば? 気になってんでしょ?」

 

 面白そうな目を向けられ、一歩下がったわたしはお義兄ちゃんの胸板にぶつかる。顔を上げると目が合い、ルアさんもわたしを見つめているのがわかると考え込むように顔を伏せた。

 

 聞きたいこと……気になってること……それはムーさんと数分話しただけで色々な物が混ざってわからなくなっている。でも、二人がムーさんに向ける視線と行動に、わたしが知らない何かがあるのは本当に思えた。

 

「二人は……何を……隠してるんですか……?」

 知らぬ間に出てきた言葉に、二人を交互に見るが、細められた瞳にすぐ顔を伏せてしまった。聞かなければよかったと早くも思うのは、逃げていることになるんでしょうか。疑っているような言い方をしたくせに、逃げるなんて。
 動悸が早鐘を打つと頭上からは溜め息、前からは剣を鞘に戻すような音が聞こえ、顔を上げる。

「まさか、モモに疑われる日がくるとは……」
「うん……ビックリ」

 

 胸に痛いのが刺さるわたしとは反対に、笑みを浮かべたムーさん。
 互いの後ろにいる二人は懐を探ると取り出した。お義兄ちゃん、ケーキボックス。ルアさん、ピンクのカルミアの花束。

「「……は?」」

 

 ムーさんと二人、目が点になると、お義兄ちゃんは悔しそうに歯軋りをした。

「くっ……仕事を抜け出し、開放祝いに買ってきた木苺レアチーズケーキが早くもバレるとは……!」
「なんでそんなもんが懐から出てくんだよ! 明らかにそれホールだろ!! しかも仕事抜け出したの!!?」
「空飛んでて見つけたんだ……モモカに似合うかなって……あ、青い液体ついたのはポイ」
「アンタも花を懐に仕舞うなよ! しかも青い液体って魔物のだよね!? 花摘みしてたわけ!!?」
「キミら、漫才でもしてるのかい?」

 目が点のまま立ち尽くすわたしの代わりに華麗なツッコミを入れるムーさん。感謝していると、キラさん達が何事かと顔を覗かせた。ルアさんとお義兄ちゃんは額に手を当て『失敗した』と言った表情。そんな二人に口を開こうとするが、別の声に遮られる。

「なんだなんだ、揃ってるな」
「主らは暇なのか?」

 全員が振り向くと、お義兄ちゃんと同じ白のローブを揺らしながら深緑の瞳を瞬かせるノーマさんと、呆れた表情をしたナナさん。同窓会か何かの会場になっているのかわからないわたしは訊ねた。

「ふ、二人こそどうしたんですか……?」

 

 端から見れば薔薇園にきたお客様。
 でも残念ながら時刻は十六時半を過ぎ、入園はできない。宰相さんであろうとノーマさん自身庭園を管理してるだけあってルールには厳しい人。だから違う……と、思う。
 そんな首を傾げるわたしにノーマさんは満面の笑みを向けた。


「監査にきたんだ」

 


 ────ふんきゃ?

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