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33話*「成立ち」

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 鈍い音を響かせる扉が閉まると、庭園に佇むキルヴィスアは空を見上げた。
 青とオレンジが混ざった空はまるで彼の瞳と髪のようで、風に煽られた薔薇の花弁が散る。瞼を閉じた彼はひっそりと呟きを漏らした。

 

「墓参り……か」

 

 誰に聞こえることもない声。
 胸元に当てた手はシャツを握りしめた──。

 


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 黒のケープを揺らすわたしの腕には薔薇の花束。
 反対の手は黒のローブを着たグレイお義兄ちゃんと手を繋ぎ、フルオライト城にある四ヶ所の出入口のひとつ、西北口へ向かう。家がある南西以外は行かないので、ちょっとドキドキです。

 

「西北と北東は主に繁華街、南東は上流貴族が住まう区域だ。キラ男や毒女の家があるだろ?」
「あ、言われてみれば」

 

 年に数回依頼で行くキラさんのお家と、先日行ったジュリさんの家を思い出す。
 確かに南東口で待っててと言われましたし、静かな住宅街で家も大きくて、お二人も立ち振る舞いが上品。貴族っぽいです。ちょっと変なとこありますけど。

 

「じゃあ、ウチがある南西は一般住宅街ですか?」
「一般もいると言えばいるが、殆どは中流貴族だな」
「中流貴族さん……あんまり違いがわからないです」
「大雑把に言えば実績があるかないかだ。キラ男の家は交易で、毒女の家は水道整備などで名を挙げた。小ガキも研究成果が認められて、下流から中流に数年前に上がっている。ウチも本来なら上流だったが階級上げを親が断ったからな。どうでもいいが」
「どうでもいいって、そんなすご……ん、ウチ?」

 

 出口が近いのか、解いた髪が風で流れる。
 けれど足が止まると流れも止まり、お義兄ちゃんが不思議そうに振り向いた。わたしの頭には疑問符がポンポン……階級上げを断らなかったら上流って……。

 

「お義兄ちゃん、ウチって一般のお家じゃないんですか?」
「……モモ、ロギスタンは薔薇園を創った一族だ。その功績から階級は中流になる」
「ふ……んきゃーーーーっっ!!?」

 

 暴露に大きな悲鳴を上げる。周りが驚いて振り向くが、脳内は大混乱。
 だだだだだって、わたしずっと普通の家だと思ってたんですよ! そりゃ、お城で薔薇園してるなんてすごいなーって思ってましたけど!! 庭師って普通の人がするんじゃないんですか!!?

 

「毒女とノーリマッツ様が一般人に見えるとは、ある意味すごいな」
「見えません!!!」

 

 他の庭師が上流貴族なのを思い出し、花束を抱いたまま顔を覆う。
 そこで東庭園のことを『薔薇の生産所』と言っていたイズさんを思い出し、恐る恐る訊ねると、お義兄ちゃんは変わらない様子で頷いた。

 

「いくつか許可を得た場所が生産しているが、大元は東庭園(ウチ)……大丈夫か、モモ?」
「お、お腹が痛いです……」
「墓参りやめて帰るか? なら、鷹に花束を置いてくるよう「いいいい行きます! 頑張ります!!」

 

 お義兄ちゃんの肩に見慣れた鷹さんが乗っているのに気付き、顔を横に振ると足を進める。が、花束を取られ、片腕で抱き上げられた。周囲に稲妻のようなものが走った気がするが、片腕だけでお義兄ちゃんすごいと感動。でも歩きはじめ、慌てて両腕を首に回した。

 

「わ、わたし歩けますよ?」
「お腹が痛いのなら無理に歩くことはない」
「この痛みは無知な自分への罰です……」

 

 国のことばかりか、自分がお世話になってる家のことも知らないなんて無知以前の話。中流貴族の欠片なんてわたしにはまったくないですし、お義兄ちゃんの評判を絶対落としてます。
 ぐすぐす肩に顔を埋めていると頬ずりされ、反射のように顔を上げた。

 

 見れば、生い茂った多くの緑が夕日によって輝き、遠くには街灯り。
 感動するわたしに構わず、足を進めるお義兄ちゃんは話を続けた。

 

「元々私も両親も階級にこだわってはいないんだ。普通に好きな仕事をしてるだけだからな。だからモモにも言わないでいいだろうと両親と決めていた」
「そうなんですか?」
「言ったところで威張ったりはせんだろうが、大慌てして寝込みそうだと思ってな」

 

 ビンゴです。まさに帰ったら寝込むパターンですね。
 んきゃんきゃと頷くわたしにお義兄ちゃんは笑い、賑わう街とは反対、静かな道に入る。しばらく歩いていると黒のフェンスが並び、小菊が咲いた霊園へとたどり着いた。

 足を止めること無く進むお義兄ちゃんの口から薔薇園の成立ちが語られる。

 初代フルオライト王は『世界の始祖』アーポアク国の人。
 アーポアク国の象徴でもある竜と自身が好きだった薔薇を国旗にしたそうです。が、王様も薔薇を育てる事はできなかったようで断念。数年後、栽培に成功したのが初代ロギスタン当主。
 以降、城の一角を薔薇園にと頼まれ、何度か上流貴族への打診があったのに断り、王様と国民のために続けてきたそうです。

 

「だからモモには感謝している。階級にこだわっていないと言っても、薔薇園を閉めるのは私も心苦しかったからな」
「余所者のわたしで良かったんでしょうか……」
「薔薇一本も育てられない私よりはマシだ。それにモモは既にロギスタンの名を持っていたのだから関係ない。あと『余所者』など二度と言うな。怒るぞ」

 

 地面に埋め込まれたプレート状の墓石が広がる場所で足を止めたお義兄ちゃんの灰青の双眸がわたしを捉える。その瞳と眉の上がりように、本当にお義兄ちゃんがお義兄ちゃんで良かったと笑みを浮かべた。

 

「モモ……」
「ふんきゃ! ごめんなさい!!」

 

 怖い眼差しに慌てて謝ると、溜め息をついたお義兄ちゃんは頬に口付ける。下ろされたわたしは花束を受け取り、まだ真新しいプレートの墓石を見下ろした。

 

ヨーギラス・ロギスタン ×××―×××
ステレッチェ・ロギスタン ×××―×××

 

 フルオライトにて、わたしの養親となってくれたお義父さんとお義母さん。
 ヨーギお義父さんは茶髪に灰青の瞳。大柄な体格通り、笑い声も大きかった。反対に藤髪に藍の瞳のスーチお義母さんはのんびりしてたけど、細工がとても上手で、わたしのエプロンも作ってくれた。

 

「お義兄ちゃんはお義母さん似ですね。性格はお義父さんな気がしますが」
「どの辺りが?」
「今こ~う、眉を顰めてる時ですかね」

 

 屈んで墓石に花束を置くと、両手で自分の両眉を上げ、お義兄ちゃんと同じ顔をする。わたしの口元はニッコリですが。あ、お義兄ちゃんそれ以上は上げないでください! マネできません!! 溜め息まで!!!
 必死に上げ上げしていると同じように屈んだお義兄ちゃんに頭を撫でられる。わたしは頬を膨らませた。

 

「本当にお義父さんが薔薇で悩んでいた時に似てるんですよ」
「薔薇以外で悩みなどない人だったがな」
「でも『あんまりグレイが構ってくれないんだ』って、相談受けたことあります」
「二十歳を越した息子に何を期待しているんだ」
「お義兄ちゃん反抗期でしたからね」

 

 笑うわたしにお義兄ちゃんはそっぽ向くと手を合わせた。
 同じように手を合わせると霊園は静寂に包まれ、二年前を思い出させる。

 

 二年前の今日亡くなった養親。
 お義兄ちゃんはお仕事で、わたしはニーアちゃんと別の場所でお喋り。いつもと変わらない日でした。庭園に戻り、地面に倒れこんだ二人を見つけるまでは。
 揺す振っても動かない二人に気が動転しながらも近くにいた人に泣きつき、すぐ病院へ運ばれるも、帰らぬ人となってしまった。

 

 お医者さんが言うには、魔力なんとかっていう感染症。
 でも、涙で前も見えず、耳もキンキン鳴っていて全然覚えてない。わたしとお義兄ちゃんも念のために検査をと、異世界人のわたしはお義兄ちゃんと一緒にきたノーマさんに連れられ別室に移動させられた。けど。

 

「大泣きで、私から離れなかったのを今でも覚えている」
「だって……ついさっき二人が亡くなったのに、お義兄ちゃんとも離れるなんて……」

 

 頬を膨らませるわたしに、お義兄ちゃんは苦笑しながら立ち上がる。
 幸いわたし達は感染しておらず、庭園も開放前だったので大きな事件にはなりませんでした。しばらくは家に引き篭もって泣く毎日でしたが、ノーマさんから薔薇園閉鎖の可能性を聞かされ、無意識にわたしは挙手。今、庭師として働いています。

 

「モモは本当にたくましいな」
「ふんきゃ。ヨーギお義父さんに図太く生きろと教えられましたから!」
「何を教えているんだ……」

 

 笑顔でガッツポーズを取ると、お義兄ちゃんは頭を抱えた。
 首を傾げ空を見上げると徐々に暗くなり、星と月が顔を出す。けれどここは墓地。灯りは点いていても、ひんやりとした空気の冷たさに鳥が羽ばたく音が響くと肩が揺れる。
 そろりと目を動かした先には白くてボヤっとした……。

 

「おおおおお義兄ちゃん帰りましょう!!!」
「? ああ」
「ばばばば晩御飯何にしましょうか!!!」
「腹痛が治ってないなら御粥がいいだろ」
「い、いえ、どちらかというと寒気が……」
「また風邪か!?」

 

 目を大きく見開いたお義兄ちゃんは、慌ててわたしを抱き上げると急いで駆け出す。
 お義兄ちゃんそっちは歩道じゃなくて草むらです! 『瞬水針』出しながら走らないでください!! ストップストップーーーー!!!

 

 過保護なお義兄ちゃんに恥ずかしくなりながら夜の墓地を去るわたし達。
 その頭上を白い鳥が飛んで行った。

 


* * *

 


「で……帰ってすぐベッドだったんだ」
「ふんきゃ~……」

 

 翌日の正午前。
 ルアさんと二人、廊下を歩きながら昨日の件を話す。当然風邪ではなかったのですが、念のためにと就寝時間よりも早くベッドに入らされました。しかも起きたら隣にお義兄ちゃんが寝てましたよ。

 

「グレイってバカなの?」

 

 真面目な顔でツッコむルアさんにわたしは沈黙。
 わたしも『もし風邪で伝染ったらどうするんですか!』と怒りましたが『モモに看病してもらう』と、今のルアさんのような顔を向けられ沈黙。さすがにそれをルアさんに伝えるのはマズイ気がしていると、北庭園の扉が見えてきた。

 

「ルアさんはやっぱり入らないんですか?」
「うん……ノーマがいるならナナもいるだろうし……鷹も復活したから待ってるよ」

 

 出入口付近の壁に背を預けたルアさんの視線の先には、見慣れた鷹さんが飛んでいる。ルアさん懐かれたんですねと笑みを浮かべるが『監視されてんだよ……』と顔を青褪められた。ふんきゃ?

 

「じゃあ、急いでノーマさんに開放日を伝えてきますね」

 

 今朝薔薇の半数以上が五分咲きになっていたので、明後日から開放しようと申請にきたわたし。ルアさんやお義兄ちゃん達のおかげで準備も整ったので、いざ薔薇園開放の一歩。
 

 北庭園に足を入れると雲もない青い空と太陽に迎えられる。
 まるで養親が笑ってくれているようにも見え、笑顔で駆け出した────。

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