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​17話*「回復方法」

 絶好のタイミングで現れたジュリさんを、わたし達は指す。
 と、微笑んだまま近付いてきた彼女は硬い水晶が付いた杖でルアさんの頭を思いっ切り叩き、わたしの指を手で小さく叩いた。

「ふふふ、良い大人が人様を指すのは感心しませんわね」
「ご、ごめんなさい……」

 この世界では十五歳からが『大人』のため、わたしも成人認定です。
 頭を下げるが、怖い笑みに視線を逸らすと、水晶が綺麗にヒットしたルアさんが身を屈めたまま頭を押えていた。人を指すことも物で叩くこともいけませんよ。
 
 そんなジュリさんは先日の件を気にしてわざわざ様子を見にきてくれたそう。

 わたしも勝手に走って行ったことを謝ると優しい笑みを向けられた。そして先ほどの指さしを問われ事情を話すと、薔薇を見て回る。
 
「あらあら、確かに咲き方が変ですわね。いつから不調に?」
「ここ二、三日だと思うんですけど、病気や害虫は見当たらないんです」
「まあ、お住まいの青の君が薔薇嫌いだからではありませんの?」
「ふんきゃ!?」
「ジュリ……それ笑えない」

 

 小さく笑うジュリさんにルアさんは顔を青褪める。
 た、確かにルアさんがきた頃のような気はしますけどさすがに……え、でも植物も人の心がわかるって……いえ!

「わ、わたしの管理不足です! ルアさんはまったく関係ありません!! 信じてください!!!」
「ふふふ、女性に庇われるなんて素敵ですわね。騎士としては最っ低ですけど」
「心が……痛い」
「ル、ルアさん!?」

 

 ルアさんの前で大きく両手を広げるが、彼は顔を青褪めたまま胸を押さえてしまった。困惑していると、紫紺の髪を揺らすジュリさんは杖を回す。戦闘時とは違い、ゆっくりな回転。

「青の君でも外傷害虫被害でもないということは問題は土ですわね?」
「だと思うんですけど……」
「わかりました、少し離れててくださいませ。選択──地(ティエラ)」

 距離を取ると、ジュリさんは杖の先を地面に刺した。

 

「『精地察(せいじっさつ)』」

 透明だった水晶が金茶色に変化し光を放つと、地面に薔薇の文様をした魔法円が現れる。はじめて見るものに瞬きも忘れていると、閉じられていたジュリさんの赤の双眸が開かれた。
 同時に光も魔法円も消え、地面に刺さる杖を抜く。けれど、何か考え込んでいるようにも見えた。

「……ジュリ?」
「土……ですわね」
「やっぱりですか。では急いで肥料さんと睨めっこしないといけませんね! ジュリさん、ありがとうございます!!」

 何が原因かわかればあとは対策。どの肥料が勝てるか調べないと!
 急いで土を採取し、肥料を置いているチビ塔へ向かおうとするが、ジュリさんに制止をかけられた。その表情は曇っている。

「土(それ)は……宰の君の所へ持って行かれた方がよろしいかと」
「ノーマさんですか?」
「ええ……解析したところ、土に強いウイルスのようなものが入っている可能性が高いです」
「ウイルス……?」

 片眉を上げたルアさんが聞き返すが、その声は若干低く“怖い”方にも見える。手に持つ土を見つめるわたしに、ジュリさんは続けた。

「珍しい症例ですので、病原に詳しい北庭園……つまり、宰の君にお伺いを立てた方がよろしいかと思います」

 真剣な眼差しに考え込む。
 確かに薔薇の知識はあっても土の知識は別。今から調べていたら未熟なわたしでは誕生祭まで間に合わないかもしれない。依頼者に聞くのは気が引けるが、必死に咲こうとしている薔薇達には変えられないと、ぎゅっと土を握った。

「わかりました! 急いでノーマさんを捜します!! 多分宰相室にはいないので!!!」
「わたくしもご一緒しますわ。診断した身としては最後まで聞かないと仕事ができそうにありませんもの」
「え、でもジュリさんお仕事……」

 

 式典が近くなると国の警備が厳重になる。つまり団長であるジュリさんは忙しいはず。そんな心配を察したように笑みを向けられた。

「指示を出してきていますので大丈夫ですわ。それにわたくしも庭師、稀な症例は知っておきたいのです」
「ジュリさん……」
「モモカ……ノーマは俺が捜すから早く行こう。ジュリも一応部下には報せとけよ」
「わ、わかりました! ルアさん、ジュリさんお願いします!!」

 ハッキリとした口調のルアさんに頷くと、土を持ったまま駆けた──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 チビ塔に向かうモモカを見送ると、コートを羽織って剣を持つ。
 振り向くと、ジュリの手の平には一羽の鳥が生まれ、西塔へ向かった。替わるように飛んできたのは灰青の瞳を持つ鷹グレイ。速度を落とすことなく俺の頭に鋭い足爪を立て着陸した鷹の第一声は謝罪ではなかった。

『ノーリマッツ様は北庭園にいる』
「あらあら、朴念仁。今日も逃げられましたの?」
『やかましいぞ、毒女。第一貴様どうやって入った?』

 

 その前に退けよと散らしたいが、言われてみれば変だ。
 この薔薇園は内側から鍵を掛けなくてもグレイの結界が働くのに、ジュリは阻まれることなく入ってきた。確かに俺みたいに魔力の強い彼女なら可能かもしれないが、グレイは俺が上だと自負してっだだだだ!!!

「ふふふ、なかよし御馬鹿さんズですわね」
『貴様とフラ男(お)ほどではないがな』

 頭を突いていた鷹グレイが偉そうにジュリを見下ろすが、彼女も負けじと笑みを向ける。
 この二人似た者同士だからな……俺苦手なんだよ。溜め息をついていると、紫紺の髪を後ろに流しながらジュリは答える。

「朴念仁の結界は確かに働いてますわ。そして魔力もわたくしの方が低いのは認めておきましょう……けれど、貴方が弱まっていれば話は別」
「弱まってる……?」
「ええ。その鷹と合わせ最近お忙しいのか魔力値が下がってましてよ。そのせいで結界に綻びができて、わたくしでも容易に入れましたわ」

 納得した俺と何も言い返さないグレイ。
 薔薇園に張っている二重結界と分身の鷹は全部上級魔法だ。しかも殆ど毎日維持するとなると膨大な魔力が必要になり、さすがのグレイも多忙と疲労で魔力切れ……ってとこか。

「グレイ……式典終わるまでは俺いるから……解除して休めよ」
『そのような真似……』
「じゃないと……いざモモカが大変な時に役立たずになっちまうぞ」
「ま、大切な義妹の危機に駆けつけれない義兄なんて一生の恥ですわね」
『き~さ~ま~ら~』

 

 殺気よりも足爪が痛い痛い。
 しかし観念したのか、俺の頭で足踏みしながら『侵入許したら吊るし上げる』と許可のような命令のようなものを告げ、ジュリと二人苦笑いした。

「朴念仁も素直ではありませんわね。ゆったりとハーブティーでも飲めば回復しますわよ」
『貴様と一緒にするな』
「そっか……ジュリはハーブか」
「ふふふ、たまに赤男からもいただいてますけど」

 

 含み笑いに俺と鷹グレイは沈黙。
 魔力が減った場合、食事や休むだけでも回復するが、自分の好きな食べ物、飲み物、趣味をしていた方が早く回復する。ジュリみたいにハーブのヤツもいれば、俺みたいにワインや転がるだけで良いヤツなど様々。

 

 そして、一番の回復法は人との口付け……ほにゃらかとか倍。
 好き同士ほど早いって聞くけど実際は知らない。それを考えるとジュリもケルビーもなんだかんだで上手く……待てよ、グレイの回復方法って……好きなのって……!?
 ジュリも気付いたのか、俺の頭から飛び立つ鷹に向かって叫んだ。

「ちょっ、待てグレイ! てめぇもしかして!!」
「朴念仁!!!」

 

 俺達の声を無視し、去る鷹を急いで追おうと風を纏うが、リュックを背負ったモモカがやってきた。

「お待たせしました!」
「モモカ! 鷹ヤローに襲撃されたことないか!?」
「どこか痛いとか気持ち悪いとかありません!!?」
「え?え? 鷹さんに襲われたことなんてないですよ。痛いのはルアさんじゃないんですか?」

 

 俺の頭を指すモモカの目に映るのは、ちんちくりんになった髪と額から出る血。あの鷹──ぜってぇ散らす!!!

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


「それで私のところにきたのはわかったが……なんでキルヴィスアは殺気を放っているんだ? マージュリーも……」

 腕を組んだままベンチに座るノーマさんは今日も蜂蜜色の髪が輝いているが、わたしは冷や汗ダラダラ。偉い人にお願いする緊張もあるが、一番は隣で微笑みながらも怖い空気を纏ったジュリさん。そして、庭園の出入口からの黒い気配。恐らく待機中のルアさんから出ていると思われるが、子供達も怯えているのでやめてください。

 北は薬開発がメインなのもあり、タンポポや杏や花梨など薬になる花が咲いている。
 そしてここは庭園というより公園。扉を入れば芝生が広がり、木でできた遊具もある。年中開放しているせいか子供達は楽しそうに遊び、お母様方はノーマさんに黄色の悲鳴を上げている。それが良いのか悪いのかはわからないが事情を話して土を見せると、ノーマさんは物珍しそうに袋越しに土を触った。

「んー……確かに変なもん混じってるな」
「わかるんですか?」
「私は『地』属性だから……と言いたいが、若干魔力も含まれているせいだろ」

 

 袋を受け取ったノーマさんは立ち上がると背中を向ける。

 

「ともかく解析してみて特効薬ができるかしてみよう。上手くいけば正午前にはできる」
「本当ですか!?」
「ダテに長年引き篭もって生きてはいませんわね」
「そんなことを言う暇があるならさっさとその殺気を消せ。それとモモカ」
「は、はいっ!」

 溜め息をついたノーマさんの鋭い視線がわたしに刺さる。一瞬で緊張が最高潮に達し背筋を伸ばすと笑われた。

「そう身構えるな。今回ばかりは時間もないし手伝ってやる……が、昨日まで出荷した薔薇は大丈夫なんだな?」

 

 それは“宰相”としてではなく“庭師”として聞いているのだとわかり、心臓の音が大きくなる。威圧感がハンパないが、それだけ本気に考えてくれているのも伝わり、唾を呑み込むと頭を下げた。

「昨日までの子達も綺麗に咲きます! そして残りもきっと咲かせてお誕生日お祝いしてみせます!! だからよろしくお願いします!!!」

 大きな声は遊んでいた子供達や親御さんにまで届いたのか、全員がわたしに注目する。するとジュリさんも頭を下げているのが見え、慌てて口を開こうとしたが、ノーマさんの笑い声で遮られた。

 

「ははは! その元気があってもなくてもやるしかないだろ。心意気は認めるがもう少し静かにな」
「す、すみません!」
「ま、それがモモカだからな。それじゃ私はしばらく篭る。終わるまで菫と沈丁花を摘んどけ」
「はいっ!」
「完全に小間使いですわよ……」

 

 つい返事をしてしまいジュリさんに呆れられる。
 でもそれが御代ともいえるので早速手伝ってくれるというジュリさんと菫と沈丁花を探しはじめた。が、方向音痴を発揮したジュリさんは全然違う所へ去って行く。

 待ってくださーーーーいっ!!!

 


* * *

 


 ジュリさんと一緒に独特な芳香が特徴な沈丁花を摘んでいると、東とは違う青色のチビ塔が目に入る。よく見ると二階(?)の窓にノーマさんが見えた。

「チビ塔にノーマさんが!?」
「研究室を兼ねてらっしゃるんじゃありません? わたくしもハーブの仕込みは地下でしていますし」
「え? 地下? そんなのあるんですか?」
「え?」

 

 ジュリさんと二人、首を傾げる。
 東のチビ塔は天井に古びた鐘がある以外は吹き抜きで埃臭くて園芸道具しかないと言うと、大きく首を横に振られた。

 

「そんな! あの塔は三階まであって地下室を持ち合わせてますのよ。わたくしも塔の三階が私室ですわ」
「えええぇぇ、ズルイです!」

 

 まさかの返答に文句を言うと、ジュリさんは困惑した様子。
 だって三階まであって住めるなら、それこそ庭園に住みますよ。早起きもしなくていいですし、お義兄ちゃんも職場近いですし……いいな。
 肩を落とすと、ふと気になることを訊ねた。

「ジュリさんは、なんで東のチビ塔だけ錆色なのか知ってますか?」
「え? さ、さあ。何しろ今日はじめて入りましたから……本当に赤なんだなーぐらい「火事だ」

 

 困惑するジュリさんとは反対、わたしの後ろから声がかかる。
 振り向くと、先日ノーマさんが依頼にきた時に護衛でいた女性騎士さんが立っていた。

 

 身長はムーさんぐらいで、綺麗な金髪は頭の上でポニーテールにされ、瞳はサファイアのように綺麗な青を持つ美人さん……への字の表情が残念。するとジュリさんが微笑んだ。

「お久し振りですわね、黄の君」
「ああ、久しいな紫」
「ふんきゃ?」

 どこかで聞いたことのある会話に首を傾げる。
 金髪美人さんはサファイアの双眸をわたしに向けると胸に手を当て、礼を取った。


「アルコイリス騎士団第三黄薔薇部隊団長兼宰相護衛を勤めている、ナッチェリーナ・コランデマだ。以後お見知りおきを」


 まさかの団長さーーーーん!!!

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