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番外編​13*キスシリーズ「髪」

 薔薇の最盛期を迎え、無事に開園した薔薇園。
 ありがたくもたくさんの人に足を運んでもらい、忙しくも楽しい毎日を送っています。

 気付いた頃には日も暮れ、営業を終えたわたしは出入口に置いているウェルカムボードを回収。すると、どこからか呻きのような声が聞こえた。
 急病の方でもいるのだろうかと辺りを見渡すと、廊下の奥。ちょうど柱に隠れていますが、人影が見えた。

 

「どうし……っ!?」

 

 ボードを持ったまま駆け寄るが急停止。それどころか回れ右。
 理由は遠目でも、知らない男女がキスをしていたからです。抱きしめ合ったまま熱烈なキスを。

 

「何をしているんだい、モモの木?」
「ふんきゃっ!?」

 突然の声に、大袈裟なほど身体が跳ねる。
 気付けば閉園の手伝いをしてくれていたキラさんが立っていた。未だに動悸は早鐘を打ち、顔を真っ赤にさせたわたしは意味もなくあっちらこっちらと辺りを見回す。キラさんは小首を傾げるが、視線を別に移すとニッコリ笑顔に変わった。

 

「ああ、キスか。揃って恥ずかしがっているから、付き合い立てのカップルなのかな」
「ふんきゃあああぁぁ~~~~!!!」

 

 平然といわれ、ボードに身を隠すと頭を左右に振る。
 テレビドラマや漫画でしか見たことないのもありますが、言葉にするともっと恥ずかしくなるのは何故でしょう。狼狽していると、くすくす笑われる。

「なんだい、モモの木。灰くんといつもしているんじゃないのかい?」
「ほ、ほっぺとかおでこぐらいです!」
「よく彼がそれだけで我慢しているね……」
「んきゃ?」

 

 声のトーンが落ちた気がして、ボードから顔を出す。
 キラさんはどこか遠い目をしていますが、すぐいつもの笑みに変わった。

 

「ところで、モモの木からはしないのかい?」
「え? あ、ない……ですね。とても恥ずかしいですし……」

 

 外国とは違い、日本では頬にキスすら殆どない。
 それよりも恥ずかしさが勝ってしまって、自分からすることを考えるだけで心臓が爆発しそうになる。もじもじしていると、キラさんは口元に手を寄せた。

 

「ふむ……それなら他のところはどうだい?」
「んきゃ?」

 

 ショート寸前だったせいか理解できないまま小首を傾げる。対してキラさんは、そっと唇に一指し指をつけた。

 

「自然とできるキス、したくはないかい?」

 

 描かれた笑みはどこか楽しそう──。


 

* * *

 


 ボードを仕舞うと背伸びをする。
 暑かった陽射しも徐々に和らぎ、吹き抜ける風がとても涼しい。すると、騒いでいるような声も一緒に届いた。たどるように足を進めると、地面に座り込んだ二つの背中が見える。

 

 ひとつは猫のようにちょっと丸い背中と琥珀の髪。もうひとつは背筋がピシッと伸びている背中と藤の髪。ルアさんとグレイお義兄ちゃん。

 

「だからさ……もうちょいそっちを……グレイ、本当に薔薇園の息子?」
「やかましい。貴様こそもう少し綺麗に合わせられないのか」

 

 変わらず言い合っているが、その手は小さい薔薇の花束を作っている。
 仕事で忙しいのにも関わらず、庭園で売る品を作ってくれることに感謝しながら、そっと足を進めた。気付かれないようゆっくりゆっくり。子ガモ時代の力を発揮するように距離を縮めると、大きく広げた両手で二人を抱きしめた。

 

「ふんきゃ!」
「「うわっ!!!」」

 

 悲鳴を上げた二人は心底驚いたように振り向き、わたしは笑顔で頬ずりする。

 

「ふんきゃ~、ビックリしました?」
「う、うん……人生最大のビックリ感……マジで気配なかった」
「くっ、ドアホに気を取られていたせいで……て、モモ。ルアから離れろ」

 

 互いに悔しそうな顔をしていますが、成功したわたしは満面笑顔。
 すると、柔らかい琥珀と藤の髪が頬をくすぐる。お日様にずっと当たっていたせいか暖かくて綺麗な色。日本では絶対に見れない色。二人とも匂いは違うけど心地良くて、誘われるように──髪へとキスを落とした。

 

「……へ?」
「モモ……?」

 

 見えていたのか、二人の目が丸くなると、抱きしめる手を離したわたしも地面に座る。

 

「えへへ、自然とキス……できちゃいました」

 

 そう、はにかむわたしに二人は何も言わない。固まっているようにも見えるせいか両手を振った。

 

「ルアさーん? お義兄ちゃーん?」
「あ……ああー……」
「キラ男のヤツ……!」

 

 両手で顔を覆うルアさんのように、眼鏡を外したお義兄ちゃんも手で瞼を覆う。ダメだったのかと思うよりも、慣れないことをしたことに今更わたしも顔が真っ赤になった。

 

「ご、ごめんなさい! えっと、別にこれっきゃ!?」

 

 慌てふためいていると、違う手に腕を引っ張られる。
 そのまま大きさは違うのに硬さは似ている二人の胸板に抱きしめられ、頭に重みがかかった。二人が顔を埋めているのだとわかるより先に“ちゅ”っと、風ではない音が届く。

 

「ふん……きゃ?」

 

 頭が軽くなると顔を上げる。
 瞬きするわたしを抱きしめる二人はそっぽを向いていた。

 

「お返し……」
「……だ」

 

 呟きのような声は確かに届いた。
 その顔も逆光で不確かだが、僅かに頬が赤くなっている気がする。わたしと同じ、暑さとは違う熱で。

 

「ん……きゃ、ありがとうございます」

 

 嬉しさが込み上げるように笑みを浮かべると二人に抱きつく。
 自分からするのはやっぱり恥ずかしいですが、たまには良いかもしれません──。

 


「髪へのキスって……思慕、だよね?」
「絶対意味わかってないだろうな……くそっ、どうせならもっと!」
「もっと、なんだって? シスコン」
「ふんきゃ~」


 今度はどこにキスできますかね~────。

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